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麦穂揺れ、風車そびえるメルサンディ。その畑地を西へ西へと進んでいくと、風の音の合間に耳を潤す、かすかな音があった。ウェディには特に心地よく聞こえるその水音を頼りに歩いていくと、緩やかに流れる小川と出会う。麦作の金色景色から、光跳ねる穏やかな小川の情景へ。水の匂いが草木の香りをいっそう強く風に乗せて私の鼻孔へと運んでくる。牧歌的な風景に思わず頬が緩んだ。
小川の流れの清らかさは、その水に集う蛍たちが、無言のうちに物語っている。薄緑の燐光を放つ蛍がレンダーシアの紫色の空を背景に踊る姿は、懐かしくも妖しく見る者を魅了する。
よく見れば件の木の実のような照明の周りに蛍が集うのが分かった。単に明かりに集まっただけなのか、あるいは蛍の光そのものを照明として利用しているのか、少々気になるところである。
さて、景色から目を離して地図を広げてみると、どうやらこの小川はメルン水車郷からメルサンディに注がれているようだ。ワルド水源と並ぶもう一つの水の恵みといったところだろうか。
さらに地図追うと、面白いことがわかる。
ワルド水源とメルン水車郷。水豊かな二つの地をはさむ位置に、巨大な湖らしきものが見える。
どうやら北の山々から流れる水は、この湖を通してワルドとメルンの二つに分かれるらしく、その二つに挟まれる位置にあるのがメルサンディなのである。なるほど、メルサンディの土が肥沃に育つわけだ。
そしてその北の山々を従えた王国の名もまた、地図上に刻まれている。
グランゼドーラ。我々の最終目的地である。この水の流れ来る源。果たしてその地に到達するのはいつの日か。
未開の地を自分の足で歩き、地図をつなげていく感覚は、列車の発達した5大陸にはなかった楽しみだ。便利すぎるのも考えものである。
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我々は川を辿り、メルン水車郷を訪れる。粉を引く水車と、それを管理する小屋があるだけの小さな里だったが、どうやら最近、誰かが手入れをしたらしく水車回りは綺麗に清掃されていた。
なお、水車の利用は有料である。まあ、当然か。
粉を引く風景を見ながらメルサンディ村で持たせてもらったパンをほおばり、我々はしばし休憩した。
さらさらと流れる水の音が心地よい田園風景だが、少し寂しげなのは、やはり空を覆う霧のせいだろうか。
いつかレンダーシアが青空を取り戻したら、また訪れてみたいものである。
さて、ここまでがメルサンディの表の顔だ。
次に訪れた木漏れ日の広場で、私は驚くべきもう一つの顔を目撃することになる。
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メルサンディの地下に広がる巨大な水道施設。
木漏れ日の広場から、英雄殿に教えてもらった入り口を通り、辿り着いたのがここだった。
今は魔物の住処となったこの地下水道は、驚くほど近代的な、いや、それ以上の技術が凝らされた巨大建造物である。
地上の牧歌的風景から一転、大文明の存在を強く匂わせる。この施設は地底湖の水をその源としているらしく、最終的にどこに注がれていくのか、それを知るすべはない。
だが、メルサンディの水の恵みは単に自然がもたらしたものではなく、今は闇に埋もれた巨大文明の遺物なのかもしれなかった。
半ば迷宮と化した地下水道の探索は少々厄介なもので、特に最深部間近まで迫った場所に仕掛けられていた二つのトラップには参った。
一つは、場違いにたたずむ家具の存在。
もう一つは、のぼり口のついていない水路への飛び降り口だった。
「あー、本当に面倒だったニャー」
なんだニャルベルト。急に口をはさむな。
「お前がうっかり下に降りるもんだから、最初っから探検やり直しになったニャ」
……おかげで良い写真がとれたではないか。
「ま、そういうことにしとくニャ」
一緒になって飛び降りたお前がなぜ偉そうなんだ……。
ともあれ、回り道を繰り返しながらも我々の探索は続くのだった。