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海の色は青い。誰もが自然とそう考える。
目の前に広がる景色はそれが間違いだと思い知らせてくれた。
紫の霧に包まれた天を映し、青紫にきらめく幻想的な水面が波に揺れ、妖しくきらめいていた。
潮の香はウェディには慣れ親しんだものだったが、この海は我々の知る海ではない。
レンダーシアの中央にぽっかりと空いた、ドーナツの穴のような内海。魔女の森を抜けた我々は、内海の南端に接するリンジャハル地方に足を踏み入れていた。
さっそく探索を開始したい気分だが、さすがに夜も遅い。見晴らしの良い丘に登り、潮騒を枕に夜を越すことにした。
ここリンジャハルの気候はさほど厳しくはないが、さすがに夜風はまだ肌に冷たい。こんな時、役に立つのがニャルベルトだ。
「任せるニャ! 寒さも吹っ飛ぶ覚醒メラゾーマを喰らわせてやるニャ!」
殺す気か!?
そうではなく、その毛皮を枕としてだな……
「ニャ!? 断るニャ! 吾輩の綺麗な毛皮が魚臭くなったらたまらんニャ!」
気にするほど立派な毛皮か?
……などと我々が言い争っていると、寝ぼけまなこのリルリラが横からひょいと現れ、無言でニャルベルトを引きずっていった。どうやら枕は彼女のものになりそうだ。仕方なく私はチームユニフォームのマントを重ね着して寒さをしのぐことにした。我々の旅の、よくある光景である。
旅の疲れを癒しながら、ふと気になることを思い出す。
先日、黄葉商店で連絡を取り合ったヴェリナードからの使者が妙な事を言っていた。
なんでも、ウェナ諸島で調査員たちが観察に当たっていた新種の魔物に異変があり、さらに行方不明となっているそうだ。
……まさかそれがこちらの身に降りかかってくるなどとは、その時は想像だにしなかったのだが……。
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翌朝、しつこく追ってくるガーゴイルを蹴散らしながら進んでいくと、夜明けとともに巨大な海岸遺跡がその姿を現した。
かつては街として機能していたのだろうが、既に住むものもなく、潮風にさらされ続け、色あせた建物の群れは、主の帰りを待って待ちぼうけを何度繰り返したことだろう。
おそらく久しぶりの来訪者となる我々を迎える彼らの態度は冷ややかで、閉ざされた扉は心を開いてくれる気配もない。
この遺跡の探索が、本日の冒険となりそうだ。
海岸遺跡は人影もなく、一部は見る影もなく海中に沈んでいる。
朽ち果てた数々の建物の様子や立地的な条件を考えると、この遺跡はかつて港としての機能を有していたように思える。
と、いうのも、内海を取り巻くこの大陸において、港町が一切存在しなかったとは、どうしても考えられないのだ。
イナーシーはレンダーシア各地を繋ぐ絶好の航路であり、船さえあれば、我々の旅ももっと楽なものになっていたはずだ。
おそらくかつては内海を利用した交易も盛んにおこなわれていたのではないか。その中心が、今は遺跡となったこの港町だったのではないか……。
さらに探索を続ける。
おそらくは街の象徴だったのであろう、海を臨む灯台のような巨塔に我々は辿り着いた。
その威容はデフェルにあった神王の塔を連想させるが、位置的には内海をはさんで反対側に当たる。ワルド水源を出発し。我々はいつの間にかレンダーシアを半周してきたことになる。
神聖な雰囲気を醸し出すこの場所に土足で踏み込むのはいささか気が引けたが、蛮勇は冒険者の特権である。無人の塔へと我々は足を踏み入れた。
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窓より差し入る光が神々しく塔内を照らす。厳かな雰囲気に包まれたリンジャの塔。遺跡の街の住民にとっては信仰の対象だったのだろうか。
燈は未だ力強く灯っていたが、通路の隅に張られた蜘蛛の巣は、もうこの塔が何年も使われていないこと物語っていた。
……と、あたりを観察していると、既に二階に上ったニャルベルトの姿が見えた。まったく、せっかちな奴だ。
「は? 何言ってるニャ」
声は私の背後から。おや、人違い、もとい猫違いか。
二階に見えた猫影はダークペルシャ。どうやらこの塔は現在、猫魔族の住処となっているようだ。
ニャルベルト、お前の親戚か何かじゃないのか?
「失敬ニャ! あんなのとは生まれも毛並も段違いニャ!」
ニャルベルトの怒声が塔の中をこだまする。ダークペルシャたちは冷ややかな笑いでその叫びに応えるのだった。