引き続きリンジャの塔にて。
探索を続ける我々の前に現れた古い石碑は、海岸遺跡とこの塔について多くのことを教えてくれた。
海洋都市リンジャハル。石碑の語る街の名は、港町として栄えた、という私の推測を裏付けるものだった。ここリンジャの塔は彼らの海の民の信仰の中心であったらしく、石碑には祈りの言葉が深々と刻まれていた。
"この大地と海が精霊の満たされんことを。リンジャハルの民に光あれ"
……朽ち果てた遺跡を見る限り、どうやら祈りは神に届かなかったらしい。
意外と薄情だな、と軽口をたたくと、僧侶のリルリラはただ一言、「そうだね」と返してきた。
そういえば、いつかリルリラはこう語っていた。祈れば神様が救ってくれるなんてことは無いけど、祈ることで救われる人はいる、と。
少々乱暴なまとめ方だが、信仰の本来の姿はそこにあるのかもしれない、と、私は思う。
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さらに探索を続ける。塔を昇っていくと、塔の外周へと道は続く。壁や柱に刻まれた独特の模様がこの地の文化を伝えていた。
気が付けばかなりの距離を上っていたらしく、リンジャハル遺跡を一望にできる景色が眼下に広がっていた。
各種の色に塗り分けられた曰くありげな柱は、かつて祭具としてでも使用されていたのだろうか? ドルワームで見かけるカラクリ装置のようにも見えるが、私の知識では解析不能だ。とりあえずメモを取っておくにとどめる。いずれまた訪れることもあるだろう。
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梯子と階段を駆使して外周を、内部を行き来しながら最上階を目指す我々は、その中で小さな足跡の存在に気づいた。
最初は猫魔族の足跡かと思ったが、肉球の跡が無い時点でその推理は否定できる。どうやら我々より先にこの塔を探索した一団がいたようだ。
果たしてどんな目的で、誰が……。もっとも、レンダーシアを訪れた冒険者ならば、至る所を調べてみたくなるものだ。そう、我々と同じように。エルフやドワーフの冒険者がこの塔を駆け抜けたとしても何の不思議もない。
だから、この時の我々は特に疑問を抱くこともなく、先達に続けと歩みを早めるのみだった。
上層に設置された書庫には無数の本が眠っていたが、ほとんどは朽ち果て、言葉を失っていた。
沈黙の支配する書庫の中で奇妙に存在感のあるいくつかの本……いや、ノートを発見する。それほどしっかりとしたつくりではない。誰かの個人的な日誌のようだが、朽ち果てた書物の中に合ってこの数冊だけは雄弁に主の心を語っていた。
解読を始める。これはどうやら、ある任務を帯びて旅立つ者が、その緊張や高揚感を込めて綴った日誌らしい。
なにやら親近感を覚える。いつの世にも、こうした人々がいたものだ。思わずほおが緩む。
だが、読み進めていくにつれて、その笑みは霧のかなたに失せてしまった。一連の事件は彼(?)にとって残酷な結果に終わったらしい。
詳細をここに記述することはしないが、ノートの語る物語はある意味、「ありふれた話」だった。秀才は永遠に天才には敵わないのだ。
私はどちらかといえば秀才に共感するタイプである。
自身の本質が凡人であると知りつつも勤勉に努力し、必死で役割を果たそうとする者に肩入れする。おそらく同病相憐れむといったところだろう。
だが世間は天才を求めるものだ。挫折の底に沈んだ秀才の悲哀に同上を禁じ得ない、のだが……。
……もう一冊、気になる本を見つけた。
この二つが無関係なものであればよいのだが……。
崩壊したリンジャハルの街。
石碑は語る。闇は己の内にあり。
そして塔の最上階から漂う不穏な空気。
……最悪の線が繋がってしまったのだろうか……?