妖しい気配を隠す素振りも見せず、むんむんと暗い瘴気を発する扉。探索者は緊張感を高め、慎重に装備を整える。
引き続きリンジャの塔にて。我々の探索も大詰めを迎えようとしていた。
意を決し、扉を開いた我々に襲い掛かってきたのは、なんとも名状しがたい、異様な外見をもつ魔物だった。
何かの冗談だろうか、あるいは……夢か。その魔物が踊り狂う姿はある種の……そう、ある種の愛好家にとってはたまらない光景かもしれなかったが、私には悪夢のようだった。
ピラミッドでの戦いを除けば、レンダーシアを訪れて初めての苦戦と言ってよいだろう。特に酒場で雇った冒険者のように臨機応変に動けない者たちにとっては最悪の相手である。
だが、幸運が二つあった。
一つは、前後の流れから、ここに現れるのは言葉巧みに人を操る呪術に長けた魔物ではないか、と推測したこと。
これは厳密に言えば間違っていたのだが、対策として用意したアクセサリーの選択は間違いではなかった。
二つ目は、リルリラもまた、そのアクセサリーを装備していたこと。
最後に、ニャルベルトを除く全員が盾を装備していたこと。……もっとも、リルリラは盾の心得が全くないので無意味だったが……
辛くも魔物を退け、ほっと一息。世界樹の葉を2枚も使ってしまった。一体何だったのだろうか、あの魔物は……
……と、私の脳裏をよぎったのは、ヴェリナードからの連絡員から聞いた新種の魔物の話だ。
聞けば聞くほど話が一致する。よもや……
……あのふわふわとした体でウェナ諸島からレンダーシアまでとんてきたとは思いたくないが……。もしそうならグランドタイタス号の苦労は何だったのか。
深く考えると頭がおかしくなりそうだ。とりあえず本国には、連絡せねばなるまい。
今後、例の「新種」を発見した場合は速やかに駆除されたし、との意見も添えておこう。一部の愛好家から白眼視されそうだが背に腹は代えられないのだ。
ともあれ、最大の障害を排除し、ついに最上階に達しようというところで、私は妙な行く手から響くいくつかの物音に気付いた。
続いて、ヒステリックなカン高い声。
それを咎める怒声。しばしの口論。
どの声も若く……いや、幼い。場違いなその声を不審に思い、駆けあがる我々が見たのは、おそらく喧嘩別れになったのだろう。それぞれにルーラストーンを使ってその場から退散する小さな人影だけだった。
どうやら先行した一団の正体は彼らだったらしい。何が起きているのやら、皆目見当もつかないが、今の会話に出てきた街に行ってみる価値はありそうだ。
セレドの街はリンジャハルの南、セレドット高地における人々の拠点である。と、地図は語っている。近くには大きな神殿があるようで、参拝客も多いという。
次の目的地として目印をつけつつ、我々は探索を続ける。ついに最上階だ。
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おそらくは宗教的な儀式に使われていたのだろう。その部屋に足を踏み入れた私の目に飛び込んできたのは、どこかエルトナを思わせる木造の祭壇と、奇妙な表情を浮かべた彫り物仕立ての柱だった。
刻まれた彫刻は威圧的に牙をむき出し、来訪者を迎える。この鬼面は時に異国からの来訪者を打ち払い、時にリンジャハルを襲う疫病や災害を沈め、そして時に掟破りの不埒なジャハル人そのものに裁きと戒めを与えてきたに違いない。
だが、今彼が見つめるのは虚空のみ。
鬼火のように、ゆらゆらと揺れる無数の灯が、滅びたジャハルの名残をもの悲しく訴えるのみだった。
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寿命を表す蝋燭、という伝承をエルトナで聞いたことがある。儀式の間に灯された大小様々な蝋燭の火は、それを思わせる。いつから燃え続けているのだろうか?
先ほどの柱もエルトナ伝統の厄除け"オニガワラ"に似ていなくもない。
単なる偶然の類似か、あるいはかつてエルトナとの交流があったのだろうか。エルフだけが扱えるという便箋の作成技術がレンダーシアの人間の間に広まっていることと合わせて、エルトナとレンダーシアの関係も探ってみたいところだ。
ステンドグラスから差し入る光が床の模様と重なり、妖しくも神聖な光景を映し出す。その美しさも、もはや過去の遺物か。
一通りの調査を終えた我々はリンジャの塔に別れを告げ、次の目的地へと向かう。
セレドット山道の山岳風景が我々を待っているはずだ。