紫色の空を背景に、連なる山脈に吹き抜ける風。苔生した岩肌伝いに歩いていくと、しっかりとしたレンガ造りの家が並んでいるのが見える。セレドは山岳の街。リンジャハルより南、レンダーシア南部は天を貫く峰の世界、高山地帯である。
街の入り口で待っていると、まばゆい光と共に降り立つ姿がある。
青白い顔にピンと張ったヒレ。細身で長身の身体はウェディのウェディたるゆえんである。軽鎧にヴェリナードの紋章を背負った兵士に私は手を振り、軽く会釈を交わした。
続いて機材と食料の受け渡し。と、いっても我々の食べる分ではない。再び私は街を見上げる。
セレドの街を襲った一連の事件は、いまだ解決していない。
ばつの悪そうな表情で礼を述べるのは、この町の中心人物である、一人の少女だった。
数日前、セレドを訪れた我々を待っていたのは、立ち並ぶ家々の姿とは裏腹に、奇妙なまでに静まり返った沈黙の街だった。
かつては光の河の加護に溢れ、神聖なダーマの神殿の麓に敬虔な人々が穏やかに暮らしていたというセレドにも、他の街と同じく異変が訪れていた。
綺麗に整った街の中、ただ一つ、執拗なまでに破壊しつくされた教会の姿が全てを物語っている。
ダーマ神殿を訪れる。
きらきらと流れる噴水の音が、神殿の静けさをより一層ひきたてるようだった。透き通った水の底に飾り床が美しい。水面は純白の花が浮かぶ。ああ、聖なるかな!
だが人気のないがらんとした神殿の様子は、ともすれば背筋を凍らせるものだった。
一体、どこへ行ったのだろう?
流れゆく水の音だけを残し、神に仕える人々は姿を消してしまった。
ややあって、警戒心も露わな住民たちがあらわれ、私たちを彼らの指導者の下に案内する。
どうやら我々はこの街を支配する女王陛下にお目通りを許されたらしい。
ディオーレ女王陛下、キャット・マンマー殿に続く第三の女王陛下とあれば、ヴェリナードを代表してあいさつの一つもしておかねばなるまい。
果たして、私の前に現れたのは、見るも可憐な女王陛下の姿だった。
綺麗な薔薇にはトゲがあるとは女性を表す常套句だが、この女王様はまだ花も咲かぬ蕾の割に、トゲだけは人一倍大きく育った困りものである。
薔薇よりはタイガー・リリーにたとえておこうか。
彼女はこれから行う儀式のため、私に構う暇などない、この街から去れ、と冷たく私をあしらった。
こちらとしてもあまり関わりたく無い手合いだが、住民たちから聞いたこの街の現状を考えれば、見過ごすわけにもいかない。
第一、仮にも魔法戦士の私が女王陛下を見捨てるわけにはいくまい?
ある少年の手引きで儀式の場に案内してもらい、儀式の中で発生したアクシデント……あるいは予想通りの展開を我々の手で処理した。
この働きにより、私はセレドの女王陛下から栄誉ある称号を授かることになった。
なんとも言い難い称号だが、一度ぐらいは、この肩書きを堂々と振り回してみたい旅人は多いのではないだろうか。
……ま、そういうわけにもいかないのがオトナの辛いところだ。
冗談はさておくとして、どうやらこの街は一旦の危機を乗り越えたと言えそうだ。だが、この街が安全と言えるだろうか……?
そうは思えない。
私はしばらくの間この町に滞在し、衛兵役を買って出ることにした。
その間、ヴェリナードに連絡を取り、可能な限りの人の手配を要請する。
だがレンダーシアへの航路は険しい。大規模な援助を行うことができるとしても、当分先のことになるだろう。
差し当たってルーラストーンを使った少数の援助者と援護物資を供給するのが精いっぱいだった。
こうして冒頭につながるわけだが、ヴェリナードからやってきた連絡役は、物資だけを運んできたわけではなかった。
彼が周囲を憚りつつ、私だけに聞こえる声で言った。
「アラハギーロに政変あり。急行されたし」
こうして私は街の守りを兵士たちに任せ、セレドの街を後にする。
アラハギーロはセレドットから東。
我々の旅はついにレンダーシアを一周することになる。