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南国の木々の間から常夏の日差し潮の香りが流れおちる常緑の大地。五つの湖には蓮の葉が浮かび、その回りには昼寝用のマット。私が猫なら、いつまで寝そべっていたい気分だろう。猫の楽園。ここは猫島。肉球の旗が潮風になびく。
ウェディの街ジュレットから目と鼻の先にあるこの島は、多くのウェディにとって近くて遠い島である。過去には戦士リューデがキャット・バルバドと手を取り合って暴君に立ち向かったというが、それも今は昔。猫と魚の溝はそう簡単には埋まらない。
それを埋めようというのが、この催しごとであり、また私とニャルベルトの共闘である。
だから、この戦いは無理に勝つ必要はない。ウェディと猫魔族が健全に技を競い合い、お互いを高め合うことになればそれで任務完了なのである。
「でも、負ける気は無いんでしょ?」
エルフのリルリラが肩をすくめた。……お前、何故ここにいる?
「あ、私、観客」
親善試合は広く周知されており、こうした野次馬たちも猫島に乗り込んできているらしい。
リルリラはトコナツココナッツのナタデココを頬張りながら気楽な表情であたりを見渡している。昼寝中のプリズニャンが気になるらしい。すっかり観光気分だ。
もっとも、彼女はさすがにリベリオと戦えるほどの冒険者ではない。それで正解だろう。
「で、勝算は?」
リルリラが聞く。ふむ、と私は再度戦力を確かめる。
今回のメンバーは猫魔道のニャルベルトに酒場で雇った僧侶と賢者。私がリベリオを受け持ち、他の仲間が後方から攻撃を仕掛けるという戦いになるだろう。
本来、リベリオを味方から引き離すためにはパラディンの力が最適である。が、私にその心得は無かったし、酒場のパラディンに任せるのは少々無理がある。
と、いうわけで、私が担当できる職で、唯一リベリオの巨体に対抗できる戦士で挑むことにした。
専門ではないので大した装備もないのだが、僧侶から重圧呪文さえもらえれば、辛うじて対抗できるだけの重さは実現できた。出航記念でまとめ売りされていたグランドタイタス丼をほおばり、決戦に備える。
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試合に先立ち、キャット・マンマー殿への挨拶を済ませたところで猫島に轟音がとどろいた。
「おおっ、友よ! よく来たニャーー!!」
がさがさ、と妙に素早い物音がしたのは、私の陰にニャルベルトが隠れたのである。
特徴的な額の十字傷に隻眼、そして何より他の猫魔族と一線を画する巨体。
赤いスカーフをなびかせ、現れた猫こそがキャット・リベリオだった。
「キャット・マンマー様の恩に報いるためにも、俺はまけられんニャー! 悪いが、覚悟してもらうニャー!」
にやりと笑うリベリオ。やる気十分の様子だ。
罪を犯し、その罪を自覚し、命がけで償おうとすることで許されたこの猫を見ていると、私はある衛士のことを思い出す。
身勝手な理由から大罪を犯し、国外追放となった男のことだ。
女王陛下の忠実なる家臣としてこんなことを言ってはならないのだが、今でもあれが十分な刑罰だったとは思えない。
……あの男は、この猫と同じことができるだろうか? 最後まで自分の境遇を嘆くばかりだったあの自分勝手な男は、本当に罪を自覚していただろうか……?
「ん? 後ろにいるのは誰ニャ?」
と、私を現実に引き戻すだみ声。続いて私の背中が妙な声を発した。
「ここには誰もいないニャー。気のせいだニャー」
あのな、ニャルベルトよ……。
「そうか、俺様の気のせいだったのかニャ」
「旦那、そんなわけないでヤンスよ」
呆れた声でツッコミを入れたのはリベリオ配下、プリズニャンのミャルジ。彼もまた参加選手の一匹だ。
「ほら旦那、そこに……」
慌てて身をひるがえす猫のローブの裾に、私はかかとを乗せた。
盛大に転ぶ。振り返る。ご対面。
ニャルベルトが恨めし気な視線を送るより先に、リベリオのどら声が響いた。