「おっ! そこにいるのはニャルベルトだニャ! 随分久しぶりだニャー!」
リベリオの声が猫島に響く。
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牙をむき出しにした凶悪な笑み……に、見えたことだろう。私の足元で猫らしくもなく体を硬直させた猫魔道は、さながら隠れ家を暴かれた小動物のように次の逃げ場所をさがして目を左右に走らせていた。
私はわざと意地悪く反転し、哀れな猫から隠れ蓑を完全に奪ったうえで背中を押してやった。
「私のパートナーとして参加するニャルベルトだ」
「ニャ!? お前も参加選手だったのニャ!」
リベリオの前に押しやられたニャルベルトはすがるような視線を私に送る。が、無視した。私だってかばってやりたい気持ちはあるが、これは彼自身が立ち向かうべき敵なのだ。この際、心を鬼にする。オーグリード流だ。
ニャルベルトとは裏腹に、巨猫は嬉しそうに巨体を震わせながらひげをピンとたてた。
「久しぶりだニャ。少しは剣が使えるようになったニャ?」
「ニャ……ニャ……」
言葉も出ない。世間では蛇に睨まれた蛙というのだろうが、今回は猫に睨まれた猫である。
かちこちに固まった背中をミャルジが覗き込んだ。
「旦那旦那、こいつ、剣じゃなくて杖持ってるでヤンスよ」
「ニャ…何だと?」
と、リベリオは血相を変え、ニャルベルトは真っ青になった。
「お前、俺様の教えたキャット剣法はどうしたニャ!!?」
肩をいからせ、顔面をニャルベルトの目の前に持っていく。ニャルベルトの猫背がビクンと伸びた。
もしかしたらリベリオは、普通に話をしているだけなのかもしれない。だが、この体格差は問答無用で強者と弱者の構図を作り出す。
そして力は、それを持つものを増長させ、それを持たないものを怯えさせる性質を持つ。何故だか知らないが、太古の昔からそう決まっているのだから仕方がない。
「答えるニャ! 毎日素振り5000本やってるんだろうニャ!!」
「ニャ……ニャー……」
「何がニャーだニャ! せっかくこの俺様が手とり足とり教えてやったのに、俺様の期待を裏切るとはいい度胸だニャー!」
フン、と丸い鼻を鳴らす。
「まあ、お前のような根性なしはどうせ上達しないと思ってたけどニャ!」
「!!」
ピクッと、ニャルベルトの方が震えた。今までとは少し違う、と気づいたのは私以外に何人いたか。
「結局何やるにも根性が大事ニャー! お前はいつまでたっても弱虫ニャルベルトにゃー!」
「ニャ……るニャ…」
「ん?」
ぷるぷると震えるニャルベルトの身体が一瞬、大きく揺れると、カッとそのネコ目を大きく見開いた。
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「なめるニャー!!!」
「ニャ……!?」
突然の激昂に、さしものリベリオもたじろいだ様子だ。ここぞとばかりにニャルベルトはまくしたてる。
「何が剣法ニャ! 吾輩は猫魔道ニャ! 剣なんて野蛮なものはお前らが好きに振り回してればいいニャ!!」
「何だと!?」
何だと!?
「口はさむんじゃないの!」
リルリラが私の腕をつねった。
「今日は吾輩の魔法でそのデカい顔を焼き払ってやるから覚悟するニャ!」
「ぐぬぬぬ……よくも貴様~~許さんニャーーー!!」
試合開始を待たずして巨猫が愛刀を抜き放つ。狭い額をこすりつけんばかりの二匹の間に、私は自然と割って入ることになった。
熱気と熱気の間。
歯ぎしりが聞こえた。前と後ろ、両方から。
緊張をほぐしたのは、奥の間から聞こえる威厳ある猫の声だった。
「誰ぞ、騒ぎでも起こしておるのか?」
主君の声に、二匹はハッと我に返る。
「旦那、今はまずいでヤンスよ」
ミャルジも嗜める。猫にしておくにはもったいない忠臣だ。
「おのれ~、後でキャット・マンマー様の前でほえ面かかせてやるニャー!」
「こっちの台詞ニャー!」
捨て台詞と共にリベリオは去っていった。ニャルベルトは、と言えば、巨猫の体が木々の陰に隠れるまで、微動だにせず威嚇の姿勢を維持し続けていた。
そして。
「もう行っちゃったよ、猫ちゃん」
リルリラがそう声をかけた瞬間、ふにゃりとその場に座り込んだ。
「よしよし。よく頑張ったね」
エルフの細い指がそっと猫をなでる。
私は彼女がここにいたことに感謝した。こういうのは、私がやっても絵にならない。
「が、がんばるのは、これからニャ……」
肩で息をしつつ、ニャルベルトは笑った。
彼なりの男の意地をかけて、これで舞台は整った。後は勝てばいい。
ほどなくして、試合の時間がやってきた。
我々が挑むのはリベリオ、ミャルジに加え、キャット・マンマー殿が特別支援役を務める御前試合3本勝負。
開始の鐘がなると同時に、リベリオが大地をかけ、我々の前に迫る。
私は邪眼の盾を構え、その巨体に駆け寄っていった。