猫魔族の長、キャット・マンマーの御殿は我々の常識からすれば、大変粗末なものである。
南国の木々が茂る猫島にこんもりと盛り上がった丘をくりぬいて作った洞窟がそれだ。潮風に少々傷んだ肉球の旗を除けば、これといった飾りもない。立ち並んだ麗しキノコがせめてもの彩りだ。
天井を貫く縦穴が天窓の役割を果たし、差し降りた光がそれらを柔らかく照らす。
あえて文明に背を向け、魔物と人類の境目に生きる猫魔族の質素な暮らしぶりが、この御殿から見て取れる。
大地に寝そべり、くりぬかれた天窓を見上げると、丸くかたどられた空がそこに浮かんでいた。試合に挑んだ闘士のうち何人かは、ルーラストーンを使い、そこから帰路についた。一人か二人、位置を誤って天井に頭をぶつけるのも良く見る光景だ。
もっとも、倒れたままそれを見上げるのは初めてだったが……
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リベリオとの戦いに敗れた私は、敗れたそのままの姿で大きくため息をついた。2連敗。残念ながら早くも負け越しが決まってしまった。
1戦目は、作戦の不備が敗北を招いた。
試合開始と同時にリベリオに向かっていった私は、腰のものを抜き放つと、打ち据えること一閃。リベリオのサーベルと一合交え、巨体にあらがいながら鍔迫り合いに持ち込んだ。
リベリオを孤立させ、安全圏から後衛が攻撃を仕掛ける。冒険者たちが編み出し、今ではセオリーと化した鉄壁の戦術である。
だが、体格差が生む不利により、私の身体はじりじりと後方に押しやられる。単独でこの作戦が成り立たないことは最初から分かっていた。聖騎士ならざる身がリベリオと渡り合うにはズッシードによる援護が不可欠だ。私は僧侶が重圧の呪文を詠唱するのを、今か今かと待ちわびていた。
味方との距離が詰まる。スッシードは、まだ来ない。リベリオの剣技にニャルベルトが巻き込まれる。ズッシードは、まだ来ない。ついに壁際まで押しやられる。
ズッシードは、まだ来ない。
待てど暮らせど、まだ来ない。
一体僧侶は何をやっているのか? と、後ろを振り向くと、酒場で雇った僧侶は傷ついた仲間の治療で手一杯になっていた。
迂闊だった。
不用意、かつ無思慮。浅はかだった。
私は雇った僧侶にこれといった注文も付けず、ただ漫然と戦いに参加させてしまった。と、なれば回復を重んずるのは彼らの第二の本能である。
援護重視を徹底させるべきだったのである。
そして援護に徹する僧侶が一人いるなら、回復に徹するもう一人の僧侶が必要だ。
最初の敗北の後、私はジュレットに連絡を入れ、慌ててもう一人の僧侶を派遣してもらった。
そして2戦目。
必勝を期して挑んだこの戦いは、なんと10秒も経たないうちに決着がついた。
作戦に不備はない。僧侶は注文通りにズッシードの詠唱を始めていた。
敗因は私自身の未熟さである。
リベリオを抑え込もうとした私は、猫の毛皮に肉薄し、体重を傾けた。今にして思えば、ズッシードがかかる前から少しでも彼奴を抑え込もうと焦ってしまったのだろう。
次の瞬間、巨体がするりと私の脇を抜けていった。
猫という生き物は、どんな狭い隙間であろうと、首さえ通ればすり抜けられるほどの柔軟さを持つ。
見かけによらずしなやかなリベリオの肉体が、前がかりになった私という壁をすり抜けるのは、そう難しいことではない。
詠唱中の僧侶に猫の手が迫る。必死で追いすがる私は、彼の十八番、抜刀太刀風に巻き込まれてしまった。
凄まじい風圧に尻もちをつき、立ち上がった時には全てが終わっていた。二人の僧侶はリベリオのサーベルの前に倒れ、その時点で試合は終了である。
完敗。あまりのあっけなさに、うつろな笑いすら湧いてきた。
ニャルベルトは、しばらくの間、立ち上がることすらできず、地に伏して震えていた。