「口ほどにもないニャー!」
勝ち誇ったリベリオが猫背のままで器用に胸を張った。
「この分なら第3試合も楽勝ニャー!」
上機嫌の巨猫と、震える小柄な猫魔道の姿は、鮮烈な対比である。勝者と敗者。強者と弱者。猫でも唇をかみしめる時があると、私は初めて知った。
もっとも、私も悔しさは同じだ。
ヴェリナードの臣として、期待に応えられなかったことが情けない。それ以上に、ニャルベルトを勝利に導けなかった自分に腹が立つ。
「ニャア……お前、もっと強い仲間がいるニャ?」
と、ニャルベルトは俯き顔で話しかけてきた。
「そいつらと一緒なら、リベリオに勝ったこともあるって聞いたニャ」
確かに、冒険者として歩みを同じくする友人たちと共に、何度かリベリオに挑んだことがある。優秀な聖騎士がリベリオを完璧に抑え、私自身は苦労もせずあっさり勝利を手にしたものだ。
「今からでもそいつら呼んで来たらいいニャ……最後ぐらい勝たないとお前も立場上、マズいニャ……」
地面を見つめる猫が何を言いたいのか、大体は分かっている。だが私は続けさせた。吐き出させたことが良いこともある。
「……吾輩と一緒じゃなかったらお前は勝てるのニャ……吾輩は足を引っ張ってるだけニャー!!」
鳴き声……いや、泣き声だろうか。つくづく自分の無能が嫌になる。かつて仲間たちがやったようにリベリオを完璧に抑え、この猫を勝ち誇らせてやるのが私の役目だったはずではないか……!
溜息と共に猫の隣に座ると、私はふと、柄にもない話をする気になった。
「……とりあえず気が落ち着くまで、私の話でも聞いておけ」
「ニャ…?」
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ニャルベルトが味わった苦悩は、私自身、大なり小なり経験がある。また、恐れてもいることだ。
アストルティアでは、ごく一握りのトップランナーを除けば、誰もが誰かを見上げる立場にいる。ジュレットで、グレンで、ガートラントで。街ゆく風を数えれば、自分より遥かに格上の冒険者がそこかしこに闊歩しているのだ。
一人旅に専念していた内は気にすることもなかった。だが、仲間と行動を共にするうちに、自分が足を引っ張るのではないかという恐怖が首をもたげてくる。たとえ勝利したとしても、勝たせてもらったに過ぎないのではないかと自分を疑うこともある。
その恐怖から逃れようと、必死で上を目指す者もいるようだ。
だが、前向きな気持ちで頑張るならばともかく、恐怖に駆られて何かに追われ、必死で先を急ぐような旅は私は御免だ。それはもはや旅ではない、と思う。
恐らくは、ごくありふれた悩み。アストルティアを旅する冒険者たちが一度は突き当たったことのある壁だろう。
結論から言えば、これはナンセンスだ。これに拘ってしまえば、旅は続けられない。
そうと知りつつ、ひそかに悩む冒険者のなんと多いことか……。自尊心を保ったまま人と共に生きていくための苦悩は、どの世界でも絶えず付きまとってくる問題である。
「大切なのは、自分だけが悩んでいるなどとは思わないことだ。お前の隣にいる奴も、バカではない。似たような悩みを抱えているものだ」
私はニャルベルトに言い聞かせた。
私が見上げている誰かも、別の誰かを見上げて悩むかもしれない。逆に、これはあえて、とびきり己惚れて言うことだが、私を見上げて悩むものがいないとも限らない。
「案外この島の猫たちだって、リベリオに挑めるほどになったお前を見て、自分の弱さを嘆いているかもしれんぞ」
「それは…そうだとしても、ただの勘違いニャ。吾輩そんな強くないニャ…」
「お互い様だ。もっと広い意味で、な。そう思い込んでおけ」
「ニャ……わかるようなわからんような……」
「それにな。敗北から学び、上を目指すことができる。これは弱者の特権だとは思わんか」
「弱者ニャ?」
「私もお前も、まだまだ未熟だ」
「んニャー……この前は一人前って言わなかったニャ?」
「それはそれ、これはこれだ! さあ、もうすぐ時間だ。すぐ支度しろ。次は勝ちに行くぞ」
気休めではなく、勝算はある。1戦目で作戦と構成を、2戦目で戦い方を見直すことができた。
3度目の正直。次こそはニャルベルトの実力を発揮させてみせる。
天窓から吹く風が胞子を巻き上げる。キャット・マンマーの御前に三度立った我々を、リベリオとミャルジが出迎えた。
「遅かったニャ! 尻尾を巻いて逃げ出したかと思ったニャー!」
隻眼の猫がふてぶてしく笑う。私は肩をすくめた。
「独創性という言葉を知ってるか? その台詞、0点だ」
「なら、お手本に独創的な負け方を見せてもらうとするニャー!」
軽口はそれで終わりだ。
やがて張りつめた空気の中に鐘の音が響く。
負け越しが既に決まった我々の、最後の戦いが始まった。