「この帽子どうニャ? 似合うニャ?」
ここはジュレット、白亜の臨海都市。上機嫌のニャルベルトが新品のシルクハットを得意げに見せつけた。
まあ……似合うかどうかはさておき、彼にとってはこれも一種の勲章なのだ。
「熱ちち……少しは手加減するニャ!」
あの後、試合が終わり、火傷の跡を押さえながら立ち上がったリベリオは、意外にもさっぱりとした表情だった。
「お前、思ったより強くなってたみたいだニャ。驚いたニャ」
「ま、まあニャ……。剣法だけが強さじゃないってことニャ」
受け応えるニャルベルトの口調はまだぎこちないが、何か吹っ切れた様子に見えた。
「でも次にやる時は俺様が完全勝利してやるニャー!」
「何をー! 今度はこっちが勝ち越してやるニャー!!」
猫同士の意地の張り合いは、実に微笑ましいものである。
「あいつ、昔はあんな素直な奴じゃなかったのニャ……」
潮騒。海に目をやる。猫島の方向を眺めながら、ニャルベルトはぽつりと漏らした。
「変わったんだろ」
どっちが、とは、あえて言わんが。人は変わるものだ。猫も然り。
私も見習って、もう少し上を目指してみるか。
「ニャルベルト、そちの成長ぶり、頼もしく思うぞよ。ミラージュ殿にそちを預けたこと、間違いではなかったようじゃ」
交流試合が全て終わった後、閉会の儀にてキャット・マンマー殿からお褒めに預かったニャルベルトは感極まった表情で頭を垂れていた。
悠然とした態度を崩さず、満足げに頷く彼女は、全てお見通しだったのだろうか。
ニャルベルトが抱いていたコンプレックス、今のニャルベルトの実力……。わかった上でこういう機会を与えたのだとしたら……。
毛皮と化粧に覆われた女王猫の表情は猫ならざる身には伺いしれない。ただ君主の風格に感服し頭を垂れるのみである。もちろん、威厳においてはヴェリナードのディオーレ女王陛下ほどではないが。
「猫ちゃん、私のプレゼント届いた~?」
手を振ってかけてきたのはエルフのリルリラだ。このシルクハット、彼女のお手製である。
「ニャ! 見るニャ、この勇姿!」
リベリオを倒した記念にリルリラから貰ったシルクハット。彼はいたくお気に入りにようだ。
どうも猫とシルクハットの組み合わせには胡散臭い雰囲気を感じるのだが……
「うんうん、似合ってる!」
いつものように頭をなでようとして、リルリラはハッと何かに気づいたようだ。
「猫ちゃん……!」
「どうしたニャ?」
「帽子かぶってると頭が撫でられない!」
「!!」
どうやら重大な欠陥が発覚したらしい。
「すぐ脱いで!」
「だ、駄目ニャ! これは勲章ニャーー!!」
逃げまわるニャルベルト。追うリルリラ。賑やかな日々が戻ってきた。
いつもと変わらぬ日常か。あるいは、一歩前に進んだ日常か。
螺旋階段を上るように、ぐるぐると回っているようで少しずつ前に進んでいるのだと、思い込んでおこう。
猫の鳴き声が青空に響く。
ウェナの海は、微笑みをこぼすように白波を、右に、左に、揺らめかせていた。