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ひんやりとした、湿った空気のつつむ洞窟の中に、爆音が木霊した。
雨のように降り注ぐゼドラの水が、激流となって流れ落ちる。そのうねりが滝となり雲へと注がれていく様は、まさに九天よりおつる瀑布といった風情だった。
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グランゼドーラより南、ロヴォス高地は雲上の世界である。足場を繋ぐ頼りなげな吊り橋にカバが闊歩し、その軋みは年々ひどくなるようだった。冒険者たちはひるまずこれを踏みしめ、時に大胆に飛び降りたりしながら探索を続ける。我々魔法戦士団ご一行もこれに続く。アンルシア姫の依頼の元、行方不明事件の調査を行うのが今回の任務だ。
ま、ご一行と言っても私と酒場で雇った冒険者、それに猫魔道のニャルベルトという構成なのだが。
「洞窟内部は私が調べよう。貴殿は周囲の調査を」
との姫の言葉により、我々はロヴォス高地の探索を開始した。
事件の調査も大事だが、我々にとっては、グランゼドーラ周辺の地形調査自体もまた、有意義なものである。この探索で、ようやくレンダーシアの地図が完成しそうだ。
以前も考察したが、ワルド水源の水はグランゼドーラ方面から流れてきたものである。にもかかわらず、レビュールからグランゼドーラに至るまで、川が全く見られなかったことに多少の疑問があったのだが、ロヴォスの水流がその疑問を解決してくれた。
地図を広げると、このロヴォスとワルドは目と鼻の先。この水が雲より流れ落ち、下界へと注がれていくことは想像に難くない。
もっとも、ロヴォスからワルドの景色が望めるか、といえばそうではない。文字通りの天険。天を貫く山々がワルドとロヴォスの間を阻んでいるからだ。
雲上のロヴォスからさらに空を見上げる。以前も見た、空を突く槍のような山脈がそこに鎮座していた。
立札の語るところによると、この山を名付けてドラクロンと呼ぶ。立ち入りは禁止されていたがレンダーシアで最も空に近い場所と言えそうだ。いずれ、ここに足を踏み入れることもあるだろうか。
やや北に戻り、樹天の連橋を歩く。
木々にくくられた縄を支点として作られたこの橋は、ワルドの木造水路に似た素朴な趣である。近くに集落の類は見られなかったが、ロヴォスとレビュールが地続きであることを考えると、レビュールの遺跡群と同じ作者によるものかもしれない。あの遺跡に住んでいた人々がゼドラの水や鉱物、そして塩を運ぶための通路として使用したものではないか。
山国に塩は貴重品だ。が、ロヴォスには幸運にも塩水晶の洞窟がある。
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神秘的な水晶に彩られた小さな洞窟は、人々に貴重な栄養価と味を与える恵みの洞窟なのではないだろうか。
洞窟の脇を流れる水流と合わせ、グランゼドーラ、レビュールの生活を支えるのがロヴォスの恵みだったのかもしれない。
そんな思いと共に、レビュールへ続く道も探索の対象としてみた。
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見れば、二つの地方を繋ぐ洞窟には巻貝状のドームが存在し、少々不恰好なドラゴンが底を寝床としているようだった。
赤き巨竜……もしや、あの竜が噂の元凶なのか?
観察を続けたが、それは背後から掛けられた声によって否定された。
連絡に残していた調査員が、ゼドラ洞にて異変ありとの報せを運んできたのだ。
我々は踵を返し、一路、ゼドラ洞へと向かった。
そしてそこには、勇者姫の意外な一面が待ち受けていたのである。