再び湿った空気の支配するゼドラ洞へ。
菌類には有難い空気らしく、元気よく群生したうるわしキノコが妖精の綿花と共に妖しい輝きを放っていた。
ウェディにもそうだろう、と言われそうだが、私としてはもう少し気温がほしい。日光と潮風も必要だ。
洞窟の入り口付近には調査本部が設置され、数人の待機要員がそこを警護していた。
上機嫌のルシア姫がそこに姿を現したのは、我々の到着とほぼ同時だった。
彼女は私の顔を見ると、少し眉をひそめたが、すぐに笑顔に戻った。
「別の場所をお願いしていたはずだが……まあ良い。私は今、気分がいいからな」
続いて、同じ顔が現れる。ミシュアだ。しかし様子がおかしい。
これは一体……
「詮索無用。これはグランゼドーラの秘事である」
私が何か言いかける前に機先を制してぴしゃりと言い放つと、探索の終了を宣言。姫と一行はそのまま去っていった。
あとに残されたのは我々と、ミシュアの警護をしていた冒険者たちだけだった。
我々も一旦城に戻り、事態を整理することにした。
冒険者たちから聞き出した事実は、驚くべき内容だった。
まして、その後、ミシュアの世話係だったダイム老から得られた情報を合わせれば、勇者姫の真意を疑わざるを得ない。
我々をゼドラ洞の探索から外したことさえ、他国の介入を避けるための措置に思えてきた。
チック・タック。時計の針が時を刻む。確かなことと不確かなことがないまぜになったこの国のよどんだ空気を、時計の針だけが正確に切り刻んでいく。焦りだけが募る。
定まらない考えをどうにか落ち着けようと、無茶を承知でいくつかの推測を打ち立ててみた。
一つ目は、勇者姫の言葉が全て真実である場合。
この場合はただ、事態を見守っていればいい。そうであれば一番良い。
だが、それでは消えた人々はどこに行ったのか。白紙の歴史書は何を意味するのか。説明がつかない。
二つ目は、勇者姫の言葉が全て偽りである場合。
あの姫は勇者姫でも何でもない偽物で、ミシュアこそが本物の勇者。人類のために戦っているというのも嘘で、それどころか人類の敵だとしたら。
消えた人々は勇者と間違われて密かに抹殺された犠牲者。人々がそれを疑わないのも、歴史書が白紙なのも、この国の全てに幻術がかけられているから。そしてついに記憶喪失の勇者を探し出し、今、その毒牙を勇者に突き立てようと……
……一応は矛盾の無い推理だ。だが、あまりに突飛すぎる。少なくとも口に出すわけにはいかない邪推だ。
勇者を探して人々を誘拐するという話は、導かれしもの達に関する伝承の中で、王宮の戦士達が解決した事件を思わせる。
そして遥々旅をして辿り着いた立派な王国が、実は幻の塊だった、というのもどこかで聞いた話……これはバズズ達の方が詳しそうだ。
そして三つめは、勇者姫自身、真実を把握していない場合。
不完全な半身は、半ば正しく、半ば間違った道をふらふらと歩む。これから行われる儀式も然り。勇者姫自身も把握していない事態が起こりうるのだとしたら……
国中がざわついた雰囲気に包まれている。多くは勇者姫の覚醒を喜ぶ祝福の声だったが、私にはとてもそれに迎合する気にはなれない。
場合によっては立場を逸脱した行動をとる必要もあるだろう。
どんな事態になろうと即座に動けるよう、冒険者たちを雇い、私自身も身軽になっておくことにした。
雲がちな空に星が舞う。
高くそびえるグランゼドーラの尖塔は、紫色の夜にその姿を紛れさせるようだった。