針のようにとがった空気がグランゼドーラの尖塔を埋め尽くしていた。
勇者姫が儀式を行うとのお触れに、領内の緊張と興奮は高まる一方だ。
私は与えられた部屋でゆっくりくつろいでいるようにと言われたが、柔らかなソファの感触と裏腹に居心地は悪い。
……いや、何も別段、高望みをするわけではないのだが、見張りをつけられてリラックスできるほど私も人格ができてはいないのだ。
護衛としてつけられた兵士が部屋の中と外、どちらを見張っているのかは一目瞭然。体の良い軟禁といったところだ。よほど邪魔されたくないらしい。
もっとも、私も手をこまねいて成り行きに従っていたわけではない。
後から追いついてきた魔法戦士団の同僚と調査員数名、そして雇った冒険者3名に猫魔道のニャルベルト。これが手持ちの戦力である。
大人しく部屋に残ったのは私をはじめとするヴェリナードの関係者。
ニャルベルトと冒険者たちは別働隊として場外に残してある。彼らの働きに期待しつつ、我々も、いざとなったら実力行使も辞さない構えだ。
我々はことさらにくつろいだ風を装いつつ、別働隊からの連絡を待っていた。
光が空を覆ったのは、その時のことだった。
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窓から空を見上げる。西の塔から溢れた光の糸が幾重にも絡み合い、閃光と共に天へと駆け昇っていく。
やがて城全体が光に満ち、神カラクリの電飾にも似た輝きが夜の城を彩った。紫色の夜空に輝くグランゼドーラ。後に、外からそれを見ていたニャルベルトたちは、しきりに「夢の国のようだった」と口にしたものだ。
繭のようにグランゼドーラを包んだ光は天をも覆い、夜霧すら掻き消すかに見えた。
そして、夜空に羽ばたくように、一斉にはじける。
厳かな空気と共に閃光が空一面に満ちていくその様を見て、5大陸から旅をしてきた者全てがある現象を思い出しただろう。
勇者覚醒の光。賢者ホーローが語ったあの光が再び空を覆った。
これは何を意味するのだろうか……? にわかに騒然とする城内の様子に、我々は脱出の機会をうかがっていた。
かすかな震動が響いた。耳を澄ますと、魔法の力が衝突した際に発する爆音と電撃の弾ける音が聞こえてくる。誰かが争っているのだ。
そしてもう一つの破裂音。光の空に、かき消されそうな青い火花が舞った。
これはニャルベルトたちに持たせておいた打ち上げ花火。非常の際に打ち上げろと指示を出しておいた。
私は同僚と互いに頷き合うと、部屋を出た。非常事態故、ヴェリナードの判断で行動すると強弁し、押しとどめる兵士たちの反論には取り合わない。ただでさえ浮き足立っている彼らのこと、強引な行動に咄嗟に対応できる状態ではない。
待ち合わせ場所に指定した中庭の一角に出ると、猫の肉球が手招きした。
「こっちニャ! 早くするニャ!」
見ればニャルベルトと雇った冒険者、そして別の冒険者らしき一団がそこに立っていた。
彼らはゼドラ洞でミシュアを護衛していた一団である。ダイム老から依頼を受け、独自の行動をとっていたはずだが、どうやらこの現象には彼らの働きが絡んでいるらしい。
そして城から脱出しようとしていた彼らの動きを別働隊が捕捉し、合流したというわけだ。
私が身分と事情を明かすと、彼らは、まだ自分でも信じられないが……と前置きしつつ、この城で起きた出来事を語ってくれた。
それはグランゼドーラの過去と勇者アンルシアの覚醒にまつわる、壮大な叙事詩だった。
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長い長い物語を聞き終えた我々は、いくつもの新しい事実と真実を知り、そしてさらに巨大な謎を背負うことになった。
二人の勇者姫。何かがずれた、もう一つの世界。創生なる言葉の持つ意味とは……。
三つの蝶が何故、各地に散らばっていたのかも気になるところだ。メルサンディはわかる。セレドもダーマの近辺ということで、何かがあるらしいとは思うが、アラハギーロはどうだろうか……?
念のため、現場となった研究室を訪れ、探索を行ったが、冒険者たちの語ったことはおおよそ事実らしい。
首謀者と思しき人物の、どこかふざけたタイトルの研究記録が、余計に研究の恐ろしさを引き立てる。
犠牲者の冥福を祈りつつ、調査員たちに後を任せ、我々は勇者の後を追った。
レビュール街道を馬車が行く。
全ての核心を目前にして、私も心穏やかではない。
真相次第で、ヴェリナードがグランゼドーラにどうかかわるべきか、その答えも変わってくるだろう。
ガタガタと揺れる車輪の震動が、私の鼓動をかきたてる。
一路、南へ。
伝説の名を冠する神殿へと、我々は旅路を急ぐのだった。