異形の魔人との戦いは、熾烈を極めた。
天から降り注ぐ魔力を前に、私は力尽きようとしていた。
仲間たちが次々となぎ倒され、勇者は懸命に盟友たちを支える。
私も必死で敵の攻撃から逃れながら支援を続けるが、事態は一向に好転の兆しを見せない。ついに魔力の一筋が私を貫く。
朦朧とした意識の中、ふと聞き覚えのある声が響いてきた。
それは笑い声。
おだやかな日常。友たちの声。
他愛のない世間話、挨拶、冗談……。
いよいよ幻聴まで聞こえてきたか。これはもう助からんようだ……
と、観念しかけた時、ふと胸元で振動する何かが改めて私の意識を目覚めさせてくれた。
それは盟友たちの声を届ける連絡石。
とりわけ、チームが連絡を取り合うために特別に作られた石には、豊穣の月の紋が刻まれていた。
私は重大なことを思い出した。
普段の私は任務に赴く際、この連絡石の機能を停止させている。任務に集中するためである。
ところが、今回は緊張のあまりか、それを忘れていたのだ。
私が苦戦中とはつゆ知らず、いつもの世間話を続ける仲間たち。
その落差に思わず笑みがこぼれた。
と、同時に力が湧いてくる。
こんな場所で挫けていては、彼らに笑われてしまうだろう。
疲れ果てた体に鞭打ち、立ち上がった私は、秘蔵の世界樹の葉をばら巻きながら再び支援を開始した。勇者はその動きに気づいたようだった。
「ミラージュさん、蘇生は任せます!」
鋭く響く声に応と答え、戦場を駆け抜ける。
勇者はあえて援護の手を止め、勇者にしかできないことをやろうとしている。私はそれ以外のことを肩代わりすればよい。
やがて勇者の盟友たちが立て直しに成功した頃、勇者の身体からまばゆい閃光が放たれた。
光の糸が異形の肉体に絡みつき、闇の衣をはぎ取っていく。
それは伝説の一場面を切り取った一枚のタペストリのように荘厳な光景だった。
すかさず勇者の盟友が攻撃を仕掛ける。私もまた援護に回る。
深く鋭い連撃が、幾度となく異形を貫いた。
そして、一つの戦いが終焉を迎える。
異形の肉体が弾け、力を失い、崩れ落ちる。
勇者とその盟友たちの勝利を、確かに私は見届けた。
そして、その後に明かされた真実をも……。
今、その真実をここに記すことはあまりに危険であるため、当分の間は伏せておくことにする。
いずれ、大っぴらに語ることができる日も訪れることだろう。
ここに至るまで、私はいくつもの想像を繰り返してきた。その多くは考えすぎで、ともすれば邪推、妄想ともいうべきものだった。
だが事実は小説より奇なり。
私の想像をはるかに超えた現実が目の前に突き付けられた時、私は眩暈にも似た感覚を覚え、同時に心が湧きたつのを感じた。
女王陛下より授かったレンダーシア探索の任務。半ば終了したと思っていた旅は、どうやらこれからが本番のようだ。
長く続くであろう戦いに向け、私自身も力を蓄えなければならない。
町の人々の様子も心配だ。力になるべきことがいくつもあるだろう。
一つの時代の終焉を告げる思われた戦いは、新たな世界を切り開いたに過ぎなかったのである。
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戦いを終え、洞窟を抜ける。
勇者とその盟友たちはそれぞれに別れを告げ、去っていった。
彼らと共闘したことが、今では夢の中の物語のように思える。
しばし瞳を閉じ、夢と現の狭間に自分自身を躍らせてみる。
時雨のようにざわめく滝の音がやけに耳に響いた。
次の時代は、すぐそこまで来ている。
誰かが、無言のうちにそう語り掛けてくるようだった。