甘いひと時、という言葉がある。
よほどのひねくれ者でない限り、多少なりとも憧れる言葉に違いない。
だが、その言葉が比喩でなかった場合、憧れを崩さずにいられるだろうか。
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豪華に飾り立てられた白い城壁の内側に、甘い香りが満ち溢れている。ホワイトショコラ城は、祭りの神ファルパパの計らいによりアストルティアとひと時の邂逅を得た異世界の城である。名は体を表すの言葉通り、白い砂糖菓子の香りに満ち溢れたこの城は、長居すると体が砂糖漬けになってしまいそうだ。ウェディの砂糖漬けなど、名産品と呼ぶには悪趣味すぎる。
そんな甘い空間に私がやってきたのは、ここで開催されるアストルティア・ナイト総選挙に出馬する古い友人を応援するためだった。
華やかな舞台上にはスポットライトに照らされ、10人の騎士候補生が並び立っていた。
今年で第2回となるナイト選挙は、世界中から美男子、美丈夫を集め、ナンバーワンを決定するという催しである。
生意気にも第一回選挙を制した我が友人、ヒューザの前には一際大きな人だかりができていて、近づくにも一苦労と言った有様だった。
そしてようやく話しかけたかと思えば、第一声がこれである
「あんたの目に俺が信じるに足る男に映るなら、受け取ってやるよ」
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……ヒューザよ。あんた、とはずいぶん他人行儀じゃないか。
「……なんだ、ミラージュか。一瞬、誰だかわからなかったぜ」
「薄情な奴だな、お前は」
何しろ愛想の無い男で、こんな機会でもなければ写真ひとつ取らせてくれない。一匹狼というかひねくれ者というか……
「ま、同郷のよしみだ。受け取れ」
投票券代わりのクッキーを差し出す。甘い城の中、一瞬苦い顔を浮かべてヒューザはため息をついた。
「どうした、嬉しくないのか」
「ここんとこ、クッキーしか食べてねえんだよ。食っても食っても次から次に渡されて……」
「自慢か?」
「……一度、同じ目にあってみろよ。甘党でも砂糖と絶縁したくなるぜ」
どうも、贅沢な悩みという奴らしい。私はひがみ半分、からかい半分。思いついた嫌がらせを実行してみる気になってきた。
「しかしだな、ヒューザよ。他の候補生は平気な顔をしているぞ」
「何っ……?」
「ああ、なるほど」
ポンとわざとらしく手を叩く。
「忍耐力も問われているわけだな、この選挙は。騎士たるもの甘味程度に負けるようでは務まらんわけだ」
「……!!」
「まあ、無理に頑張る必要もないだろうが……」
「……よこせ」
ヒューザは私の手からクッキーを奪い、頬張り始めた。
「ナイトの座になんか興味はねえが、勝負事なら負けられねえからな……」
……こういう男なのである。クールに見えて、根は単純だ。だから嫌いになれない。
ま、他の候補者が平気な顔をしているのは、その場で食べずに持ち帰り用にしているからだと思うが。この際、それは伏せておく。
「体を壊さない程度に頑張れよ」
エールを送って私はヒューザと別れた。
投票できる人数は都合3名。残る二人を選ぶため再び会場に目をやると、他の候補者たちもまた、それぞれのファンと触れ合っていた。
特に目を引くのはグランゼドーラのトーマ王子だ。こんな機会でもなければ、とてもお目にかかれない人物である。
彼についての詳細は省くが、幼少の頃より完璧人間の仮面をかぶり、己の役割をひたすら演じ続けたその姿は称賛に値する。
華奢な外見に反して骨太なその生きざまに敬意を表し、一票を捧げることにする。
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残るは一名。
気になるのはプクランドの通史を学んだことで、ますます興味深い存在になった英雄フォステイル。普段お目にかかれないという意味では斬九郎や黒渦も注目の存在だ。
結局、これといった決め手もなく、余ったクッキーの数と相談することにした。
後は彼らにファルパパ神の加護があることを祈ろう。
それにしても祭りの神、というのも考えてみれば面白い。
歴史をたどれば、祭りは元々、神へ捧げる儀式として始まったものだ。その意味で、あらゆる神が祭りの主神たりうる。
しかし時代が移り、祭りが人々の娯楽へと変わっていくと、今度は祭りそのものを司る専門の神が現れる。
人々と神々の関係を考えるうえで、これは非常に興味深い事例である。
「ホレホレ、なんか難しいこと考えてない? もっと楽しもうよ~」
思索の海に横やりを突き入れてきたのは、ほかならぬファルパパの使徒、メリルだった。
「悪いが、私は難しいことを考えるのが楽しいんだ」
「口の減らない奴~」
メリルは大袈裟に肩をすくめた。
その隣を、クッキー持参の天使たちが大急ぎで駆け抜けていく。
甘い香り漂う純白の城にて、祭りはまだ当分続きそうである。