海からはほど近いというのに、乾いた風が吹き抜けていく。砂を含んだ風はウェディの肌には馴染まない。が、それも慣れっこになってしまった。
砂を踏みしめ、遠く聞こえる恐竜たちの足音に耳を澄ます。海岸沿いに砂漠があるのは一見して奇妙に思えるのだが、賢者たちの研究によれば海流と大気の流れによる必然なのだそうだ。
また一説によれは、自然の全てには精霊の力が宿っており、そのバランスが崩れれば地形に関係なく砂漠化は訪れるのだとか。この地がそれに該当するのかどうか、門外漢の私には見当もつかないことだ。
プクランドの王都メギストリスから南東、貝殻と共に熱砂の踊るチョッピ荒野がどんな場所か、旅慣れた冒険者たちには語るまでもないだろう。
魔物使いの登場からこちら、花形修業場の座をカバ狩りに奪われた感もあるが、手間暇かけてメンバーを集めねばならないカバ狩りと比べ、気軽に行けるチョッピはまだまだ現役である。
敵情視察のついでにデルクロア氏から道具使いとしての手ほどきを受けた私は、ここしばらく、この地で修業に明け暮れている。
別段、本気で道具使いを目指す気は無いのだが、敵を知り己を知れば百戦危うからず。魔法戦士にとってライバルとなる道具使いの手の内を知っておいて損は無いはずだ。
……というのは建前で、実際のところ、道具使いの独特の弓術に興味がある。技術解放に向け、準備万端整えておくのが本当の目的だ。
猫魔道のニャルベルトをお供に従え、さっそく弓を構えてみたのだが……
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「何でそんなにクネっとしてるニャ?」
知らん。これが道具使いの正式なフォームだと教わった。
この構え方をはじめとして、道具使いのフォームは妙に大仰で凝ったものが多い。この動作が道具の使い方と関係があるようには、あまり見えないのだが……
「道具使いなのに呪文も使うしニャー。看板に偽り有りだニャ」
以上、名が体を表す猫魔道氏のご意見である。
もっとも、道具使いの呪文体系は魔道師のそれとは大きく異なり、その多くは薬品の合成による化学反応により、疑似的に魔法効果を再現しているにすぎない。錬金術の一種と呼んでいいだろう。いわば道具使いとは戦闘に特化した錬金術師なのだ。
よって、魔法戦士の私であっても道具使いのやり方でバイシオンを使うには、相応の修練が必要になる。
もっとも、バザックスが相手ではバイシオンがあったところで雀の涙。セオリー通り主力は魔法である
「ニャハハ…任せるニャ!」
ついに爆裂魔法を会得したニャルベルトは満面の笑みと共にふんぞり返った。こういう時の彼は猫背がどこかに行ってしまうらしい。
もっとも、彼の成長ぶりも確かなもので、決して根拠のない自信ではない。口にすると図に乗るので言わないが、実際、頼りにしているのだ。
ドルボードが荒野を駆けて、恐竜たちを背後から襲う。ニャルベルトが精神集中に入ったのを見て、ふと、ある思い付きが私の胸に去来した。
おもむろに腕を交差させ、大袈裟に天に突き上げ、一瞬の沈黙ののち、開放感と共に腕を開く。と、同時に紫色の魔導球が掌の上に湧き出でる。再度両手をクロスさせ、その光球を打ち出すと、紫色の光がニャルベルトの毛皮を取り囲んだ。
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「ニャ!? ニャンだこりゃ!!」
これはデルクロア氏から教わったチューンアップという技で、魔化、もしくは魔導と呼ばれる技術に属する。物質に魔力を吹き込み、力を活性化する技らしいのだが……
「誰が物質ニャ! 猫にそんなもん通じるわけニャーだろニャ!!」
怒り心頭、ニャルベルトはかなり気分を害したらしい。
……だが、テンションは確かに上がっている。
試しにもう一度。
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光が吸い込まれ、全身の毛が逆立つ。尻尾もピンと空を差す。
「ふざけるニャー!! 吾輩、機械じゃないニャー!!」
さあ、その怒りをバザックスにぶつけてみろ!
爆音鳴り響くチョッピ荒野に、一際大きな光が炸裂した。砂は弾け、大気は歪み、魔法使いは青ざめる。
見たところ、私が同じ呪文を唱えた場合の3倍近い火力だろうか。さしものバザックスもたじたじだ。ニャルベルトの成長と、チューンアップの効果に驚きを隠せない。
「チューンアップは関係ないニャー!」
猫はこのように主張するが、現実とは残酷なものである。結果として発生した現象こそが効能の全てであって、それ以外のとるに足らない事象は一顧だにされることは無いのである。
「納得いかんニャー!!」
怒る猫。上がるテンション。効果は抜群だ。
これがデルクロア氏の意図通りかどうかはさておこう。
こうして猫の力を借りつつ、修業は順調に進んでいった。
砂ほこり舞うチョッピ荒野に、今日も今日とて爆音と雄叫び、そして猫の怒声が響き渡るのである。