白いものが空から降りて、私の帽子に綿毛のような飾りが次々と増えていく。白い息を漏らし、空を見上げると、降り注ぐ雪に誘われ、雲と空の間へと吸い込まれるような錯覚に陥る。
ランガーオ地方はオーグリード大陸の北部に広がる高山地帯である。ウェナ諸島が常夏、エルトナのカミハルムイが常春の都なら、ここは常冬の大地だ。寒々とした風が文明の匂いを一つ、また一つと消し去っていき、入れ替わりに険しい自然と野生の匂いを運んでくる。雪の中を一角ウサギが跳ねる姿は、さしずめオーガたちの原風景といったところだろうか。私はその風景をドルボードで突っ切り、奥地にあるランガーオの村を目指していた。

ランガーオ村は辺境の小さな村だがオーガの修業地として有名な場所である。私の友人であるザラターン殿やほむ殿、クレイス殿も、一度はこの地で修業を積んだと聞く。
ものの本によれば、太古の時代、人々に害をなした悪鬼を封じるために集まった豪傑たちが、その封印を守る番人として住み着いたのがこの村の始まりらしい。そして今の時代に至るまでその気風は絶えることなく、文明と豊かさを拒絶し、己を鍛え上げる日々を送っているそうだ。
それだけによそ者の私がどんな歓迎をされたものか、内心冷や汗をかきながらの訪問ではあったのだが……
私がランガーオを訪れたのは、観光や物見遊山ではもちろん、ない。魔法戦士団の一員としての任務である。
と、言っても、普段の任務と違い、少々特殊な事情が絡んだ訪問ではあるのだが……。
話せば長くなるが、一言で言えば、私は調査隊の任務に付き合わされた、ということになる。
我がヴェリナードには大きく分けて三つの実働部隊が存在する。
一つは海外での活動を担当する我々魔法戦士団。次に、国内の警備を担当する衛士団。そして最後の一つが、学術調査を主任務とする王立調査団である。
彼らはオーディス王子の子飼いの組織でもあり、かつては王子の遊び相手、などと揶揄する者すらいたのだが、王子が次期国王となる路線が半ば確定した今、次代の花形部署になるのではないかと噂されている。おかげで、昨日までは陰口をたたいていた有力貴族の子弟たちが手のひらを反すように入隊志願に押しかけたとか。いやはや、なんと言うべきか……。控えめに言っても浅ましい話なのだが、政治の世界では体裁を気にしたものから脱落する、とはある貴族の台詞である。その貪欲な姿勢たるや、撒き餌に群がるハゼに勝るとも劣らない、天晴れな方々である。
もちろん、調査員の全てがそんな輩ではない。むしろ誠実に任務を遂行しているものが大半である。私に出動要請を出した調査団員、ネーモン調査員もそんな一人だ。
彼らの任務は本来の学術調査だけにとどまらず、魔法戦士団が赴く任地の事前調査、他国との研究交流など幅広い。
今回の任務はさしずめ、研究交流にあたるだろうか。
「やあ、お疲れ様、ミラージュ殿」
村の入り口では、ネーモン殿が出迎えてくれた。
彼は調査団でも古株の一人で、ややこけた頬と顎髭が特徴の男だ。生真面目一辺倒な性格で少々扱いづらいタイプだが、半面、信の置けるタイプでもある。
彼はここしばらく、ランガーオ詰めとなっており、住み込みで任務に励んでいるはずだ。
「こういう任務は私も初めてでな。苦労しておるよ」
「ネーモン殿がそれでは、私など役にも立てるかどうか、怪しいものですな」
「なあに、お前さんは子供たちを相手に、気楽にやってくれればいいのだよ」
見れば、私の到着を聞きつけてか、オーガの子供たちが遠巻きにこちらを覗き込んでいる。
ある意味では、彼らこそがこの任務の主役と言っていいだろう。
だからこそ、特殊な任務なのである。