雪の村に日は落ちて、子供たちは家路につく。
私とネーモン殿は村王の家に招かれ、共に夕食をとることになった。
ランガーオの土地柄、建物も食事も質素なものではあるがテーブルには料理のほか、ランガーオの地酒が並べられ、ささやかながら歓迎の酒宴というわけだ。辛口の地酒が冷えた体に染み込むと、暖炉の火と共に体を内外から温める。添えられたサラダやスープの具として浮かべられたヌーク草には熱を定着させる効能があるとのことで、寒冷地に不慣れなウェディには有難いもてなしだった。
「ワシもこのところは体がめっきり衰えてな。ヌーク草が無いと雪山にも出ていけない有様だよ」
村王はそう言うが、半裸に近い服装の方に問題があるのではないだろうか……。吹雪の中でも半裸を貫く、オーグリード文化の奥深さである。
そのせいで遭難しかけた者もいるというから、あまり笑い話にもならないのだが……。
「ともあれ、お疲れ様でした」
あらためてギュラン殿が乾杯の音頭をとる。
「子供たちのわがままにつきあせてしまい、申し訳ありません」
「素直な良い子供たちではありませんか」
「いつも今日くらい素直なら良いのですが……」
氏は苦笑して頭を掻いた。子供とは気ままなもの。彼も苦労しているらしい。
「しかし、驚きました」
と、酒に口をつけながらギュラン氏は続けた。
「災厄の王と神話の姫……噂程度には伝え聞いておりましたが、あの赤い月がもたらした災厄の話は、おとぎ話ではなかったのですね」
「子供たちに聞かせるには、少々刺激が強すぎたかもしれません」
地酒の刺すようなピリリとした感覚が喉を通り、体に染みわたる。
「自分でも、何故あんな話を選んでしまったのかわかりませんが、何故か、それが良いように思いましてね」
「わかるよ、ミラージュ殿」
ニヤリと笑ったのは隣にいるネーモン調査員だった。
「お前さんは少しばかり、ロマンチストなのさ」
私はあいまいな笑みを浮かべて酒を喉に押し込んだ。
実を言えば図星だと思っているのだが、見栄ぐらいは張りたいではないか。
神話を聞き終えた子供たちの興味は、姫たちの行方、そして残された小さな希望……コゼットに向けられた。
自分が大きくなったら村を出て、コゼットの手伝いをしたい、と言い出す子供もいた。
私はそんな声が聴きたかったのかもしれない。
「子供たちには、外の世界に興味を持つ、よいきっかけになってくれましたよ」
やがて肉料理がテーブルに届くと、野趣あふれる香りが家中に広がった。
肉にふかけられた胡椒のような粉末は、一角ウサギの角を砕いたものである。一角ウサギは別名をユニコンラットといい、その角はかの伝説のユニコーンと同じく、万病に効く特効薬になる……という俗信がある。
実際にはそこまでの効能は無いものの、滋養強壮に役立つスパイスとして一部地域では愛用されているそうだ。ランガーオの食卓は医食同源。日常の一つ一つが鍛錬につながっているのだ。
「そうだギュラン、この肉によく合う酒があっただろう。あれも出してはどうだ」
「お体に障りますよ、村王。ただでさえ、怪我が癒えていないのですから」
そういえば、先の一件の怪我が、と前にも言っていたのを私は思い出した。思い切って尋ねてみると、村王と側近は互いに目配せし、やがて静かにうなずいた。
「学校にも関係のある話だ。ギュラン、話してやってくれ」
促され、ギュラン氏はゆっくりと語り始めた。