しんしんと降りしきる雪が藁ぶきの屋根に降り積もる。窓に雪が当たる音と、暖炉の薪が弾ける音が村王の家に静かに響いていた。
ギュランが語ったのは、ランガーオの過去と今を繋ぐ、小さくも大きな物語だった。
過去、勝者だけがもてはやされ、敗者は顧みられることのない修羅の国だったランガーオを今の村王が改革し、勝敗を問わず、戦士への敬意を示す文化を根付かせたこと。
修羅の時代に生まれ、父の敗死により全てを奪われた男、ガガイが時を経て、現代のランガーオ村に、復讐に現れたこと。
死を覚悟した村王は、ガガイの一件を自分ひとりで処理することを決意し、遺言として兼ねてよりの腹案であった学校の建設をギュランに託したこと。
その後、勇気ある旅人の活躍により、辛うじて和解が成立したこと。
「事件は解決しましたが……恥ずかしながら、私自身、この村にそんな過去があったとは知りませんでした」
「……よくあることです」
私は無意識に膝元を見つめながらそう返していた。
レーンの村に生まれ育ちながら、フィーヤの名すら知らなかった私には、彼の気持ちは嫌というほど想像できた。
土地の過去は普段はその暗い影を、押し寄せる波しぶきの裏側に、降り積もった雪の下に隠しているものだ。
そしてある時突然、眠りから覚めたように地の底から這いあがり、牙をむく。どこかで決着をつけなければ、永遠に付きまとうことだろう。レーンにとってはフィーヤと邪竜の覚醒が、ランガーオにとってはガガイという男の訪問がそれだったのだ。
「わしは村のために良かれと思い、新しい思想を広めた。だが、ガガイにとっては、かえって残酷だったかもしれん」
村王は静かにそう言って、酒を一口、喉の奥に注いだ。
何より皮肉なのは、ガガイ自身がかつてのランガーオの風習を忌み嫌い、憎んでいたであろうことだ。
たった一度の敗北で手のひらを返した村人たちに、勝利こそすべてという掟に、どれほどの憎悪を募らせてきただろう。
復讐のために生き、報復のために己を鍛え上げ、そして今こそ、自分たちが受けた仕打ちがいかに残酷なものだったか、勝者の側から逆に思い知らせてやる。
そう思いきわめて帰って来た時、彼を打ちのめした風習はすでに改められ、叩きのめすべき相手はどこにもいなかったわけだ。
ガガイという男の半生は何だったのか。時の流れとは残酷なものである。因習を断ち切ったクリフゲーンの英断が、期せずして彼を過去の亡霊にしてしまったのだ。
「過去の亡霊と言えば……ガートラントでも……」
「ガズバランの牙、ですね」
ギュランは頷き、皿の下げられたテーブルの上で指を組んだ。
はるか南のガートラントで起きた、過激派によるクーデター未遂事件の情報は、遠くランガーオにまで伝わっていたようだ。
「彼らのような超保守派からすれば、敗者に敬意を払うことも、こうして学問の社を興すことも、時代に流された堕落と映るのかもしれませんね」
氏はため息と共に、コップをテーブルに置いた。
表には出さないが、運動の中心人物ということもあって、批判を受けることも少なからずあるのだろう。
「彼らほど過激ではありませんが、ランガーオは古いオーガの掟を守ってきた村です。常に己を磨き続けよという思想は、ここでは決して珍しくはありません。私自身、それが間違っているとは思わないのです」
「オーグリードの伝統は誇って然るべきです。それが乱と暴力に結び付かない限りは」
慎重に言葉を選びながら、私は言った。
力を求めることと平和を享受すること。その食い違いはオーガたちにとって、今後も付きまとう問題に違いない。
やや重くなった空気に、パチパチと薪が弾ける音が響く。
ほんの雑談のつもりが、図らずもオーグリードの歴史文化論へと発展してしまったようだ。