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すっかり冷めた肉料理を口に運ぶと、件の"ユニコーン"スパイスが、熱に隠されていた若干の苦味を主張し始めるのがわかった。それほど強い味ではない。普段は意識もしないのだろうが、一度意識し始めると、妙に気になって仕方がない。丁度、今夜の話題と同じだった。
辛口の酒に助けられながら、めいめいに自分の考えを吐露していく。普段は仕事一筋のネーモン調査員も、深いため息と共に頬杖をついた。
「我がヴェリナードでも、伝統とどう付き合うかは、難しい問題になりつつありますからな」
私は深くうなずいた。
長く続いてきた女王制を廃し、男王となるべく活動を始めたオーディス王子が、我が国にどんな変化をもたらすのか。そしてどんな軋轢が生じるのか。遠くない未来、我々もその問題に直面することになるだろう。
「王子も少々性急すぎるところがある。世間では情熱的というのだろうが……」
「若いのさ。それが最大の長所ではある、が、なあ……」
ネーモン調査員と二人、顔を見合わせて苦笑する。宮廷では口に出せない愚痴である。
「それを思えば、見事に改革に成功したクリフゲーン殿の手腕は驚嘆すべきものですな」
再びネーモンが村王に話題を返した。
「そうは言うがな」
酒が回り、赤鬼そのものとなった顔を彼は左右に振った。
「わし一人で何ができたというわけでもないのだよ。口にこそ出さなかったが、昔からあの風習に疑問を持つ者はたくさんおったのだ。わしはきっかけを与えたにすぎん」
王が指揮棒を振って時代を動かしたように見えて、その実、民意を代表する形で王が動かされたに過ぎない、と、村王は語る。
ふむ、と私は頷いた。
ヴェリナードの場合はどうだろう。未だ男王を望む声は多くない。改革がオーディス王子のスタンドプレーになってしまえば、成功はおぼつかないだろう。
「ま、しかし……わしも若かった。当時はそこまで考えていたかどうか……はっきりとは言えんな。それでも自分の信じる道をひたすらに歩んできた。若さの特権だな」
照れくさそうに村王は笑った。苦悩し、時に間違い、そして乗り越えてきた男だけが浮かべられる、気持ちの良い笑顔だった。
いつか王子もこんな風に笑える日が来るのだろうか……。若く気負い立ったオーディス王子の表情を思い浮かべながら、私は残った酒を飲みほした。
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翌日からも講義は続く。
初め大人しかった子供たちは徐々に遠慮が消えていき、青空教室は賑やかなものになっていった。おかげで講義が中断することもしばしばだったのだが、私も子供たちの相手に慣れ、この仕事が楽しくなり始めていた。
「しばらくこれに専念してもいいかもしれんな」
冗談めかしてそう言った私に、しかし、ネーモンは渋い顔を返した。おや、と思い視線で疑問を投げ返すと、彼は一枚の紙切れを差し出した。
「ミラージュ、私もそれを期待していたのだが、どうやらこの手紙がそれを許してはくれないらしい」
消印はヴェリナード。王族の承認を表す押印も添えられていた。これが意味するのは、新たな任務の発生である。
「ドルワームにて緊急事態発生。重要度の低い任務にある魔法戦士は至急、ドルワームに向かわれたし。……つまり、お前さんのことだよ、ミラージュ」
「また、えらく慌ただしい話だが……」
「なんでも、ドルワーム詰めの調査員から緊急要請があったそうだ」
こうなっては是非もない。ギュラン氏や村王に事情を説明し、ランガーオを引き払う。
「子供たちも寂しがるでしょうが、こればかりは仕方ありませんね」
デュラン氏の言葉に、唇の端を吊り上げながら村王はこう言った。
「いやいや、デュランよ。本物の魔法戦士の出陣が見られるのだ。これは大した贈り物だぞ」
「そう言っていただけると、気が休まります」
こうして、村王と側近、そして子供たち……手を振る人々を振り返りつつ、私はランガーオを後にした。
ランガーオの未来、オーグリードの未来。子供たちの未来。そしてヴェリナードの未来。
雪降り積もる辺境の村は多くの問いかけを私の内に残し、今また再び、雪景色の中に消えていく。
次にここを訪れるとき、ギュラン氏の活動は実を結んでいるのかどうか。そしてその頃、ヴェリナードはどうなっているのか。
「また来てね、魔法戦士のおじさん!」
追いかけてきた少年の呼び掛けに、少し笑顔をひきつらせながら私は手を振り返した。
少なくとも、その言葉が今よりずっと似合うようになっていることだけは確かなようである。
その代わりにあの少年がたくましく育ってくれていたら、少しは納得できるかな……。
ドルボードが獅子門を越え、乾いた風が雪の残り香を私の身体から引きはがしていく中で、そんな独り言が後に残った。