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ミステリー・ゾーン。
それは日常の裏側に潜む非日常。現実の隣に寄り添う非現実。
私が体験した奇妙な物語を、ここに紹介しよう。
これは怪談でも恐怖小説でもない。
もっと恐ろしい、ただの現実である。
私はその日、友人に依頼した錬金品を受け取るため、娯楽島ラッカランを訪れていた。
カジノの盛況もひところから比べれば落ち着いたとはいえ、コロシアムも錬金ギルドも賑わっており、束の間の遊戯を楽しむ旅人たちの笑いと、彼らに金を落とさせようと声を張り上げる客引きの名調子が重なり、少々騒がしいくらいだ。
魔法光のネオンが輝くこの街では、夜空の星は遠慮がちにその姿を隠す。娯楽島の名に恥じぬ光景、ラッカランの日常そのものの姿が私の周囲に広がっていた。
誰もが肩の力を緩め、羽を伸ばすひと時。
恐怖とは、得てしてそんな時に襲ってくるものだ。
依頼した品を受け取り、そのまま次の目的地であるドルワームに向かおうと、駅と一体化したメダル・オーナーの館に入った瞬間のことである。
私は妙な違和感が体を突き抜けていくのを感じた。
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ホームまでの短い道を行き交う人々の雑踏が突然遠くなり、見慣れたような、それでいてみたこともないような奇妙な景色が私の前に現れる。
通い慣れた館。目をつぶっても歩けるはずの道。だが、こんな場所に壁があっただろうか? こんなにも飾り気もない場所だっただろうか? 駅へと続く道はどこに消えたのか?
辺りはシンと静まり返り、誰もいなくなったように感じた。
混乱したまま私は壁に手を触れる。と、ス……と私の手が壁の中に吸い込まれていった。手だけではない。腕が、肩が、体全体が。壁の中に消えていく。なぜかそれを押しとどめようという気持ちは働かなかった。恐怖すら無かった。消えていく。私の身体が、壁の中へと溶けていくのを感じた。
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気が付けば、夜空が私の足元に広がっていた。
地面もないのに、木々が立ち並んでいた。
夜空と雲の間に、鬼火のような照明が立ち並び、空中に家具が浮かんでいた。
ここはどこだろう……? 何故、私は空中に立っていられるのだろう?
だが、それで終わりではなかった。周囲を見渡すと、そこにはさらに信じがたい光景が広がっていた。
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そこに暮らす人々の姿はそのままに、オーナーの館がとぎれとぎれの断片のようになって空に浮かんでいた。
私の知る現実の世界を何者かが鋭利な刃物で切り裂いて、断面図として空中に飾り付けた。そんな光景だった。私はそれを、現実ではないどこかから呆然と眺めている。
まるで壊れた玩具だ。アストルティアは突然、千切れ飛んでガラクタのように四散してしまったのか? それとも、壊れたのは私の方なのか……
恐怖に駆られ、無我夢中で走ると、私の身体が何もないはずの場所で何かにぶつかった。透明な空間に手を這わせる。取っ手がある。ドアだ。開ける!
ガチャリという小気味の良い音が混沌の空間に響いたかと思うと、次の瞬間、一切の光を遮断した真の闇が訪れた。
一体、何の扉を開いてしまったのだろう……?
考える暇もなく、私の意識はそこで途絶えた。
次に気が付いた時、私はラッカランの駅のホームに佇んでいた。
駅員が不思議そうにこちらを見ていた。「乗りますか?」と、駅員の声がする。私は自分がミステリー・ゾーンから帰還したことを知った。
踵を返し、もう一度オーナーの館に戻ったが、もはやそこに非日常は無く、見慣れた光景が広がっているのみだった。
唐突に現れ、唐突に消えていく、不可思議な世界。夢でも見たのだろうと人は笑うだろうが、あのドアを開く感覚は今も手に残っていた。