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後日のこと。
ドルワームに到着した私は、七不思議研究で有名なドクチョル氏を訪ね、このことを相談してみた。
「確証はありませんが……あなたはこの世界の裏側を覗いてしまったのかもしれませんね」
ドルワーム王立研究院のドクチョル博士は私の話を聞き終えると、思慮深げに頷きながら言った。
「こんな学説をご存知ですか?」
氏は私に、ある賢者が提唱したという学説を紹介してくれた。
学会では異端とされるその説によれば、アストルティアがアストルティアとして存在するために、何者かが……恐らくは神が、この世界に「形」と「色」を与えているのだそうだ。
だが、何かの拍子にそれが剥がれてしまうことがある。すると世界はその機能だけを残して形と色を無くしてしまう。それが世界の裏側と呼ばれる景色だ。
「館や壁、地面という「形」が中途半端に剥がれてしまった世界。あなたが迷い込んだのは、おそらくそこでしょう」
そして、危ないところでしたね、と付け加える。
「もし、景色だけでなく、あなた自身まで形を失っていたら、果たして戻ってこられたかどうか……」
ぞくりと悪寒が走った。あの断面図のような光景が脳裏によみがえる。
私自身が、半身を割かれて断面図となる姿を想像し……。
ドクチョルによれば、同じような空間に入り込み、そこに取り残されたまま出られなくなった旅人もいるという。件の学説によれば、彼らを救えるのは、アストルティアを支える神々の使者だけであるとのことだ。
私は幸運にも帰還に成功したが、何故成功したのか、そもそも何故その場所に迷い込んでしまったのか。最後まで分からずじまいだった。
「理由なんて、無いんじゃないですか」
ドクチョルは諦めたような笑みを浮かべた。私の顔にも、同じものが浮かんでいたに違いない。
理由がないから防ぐこともできない。突然、何の脈絡もなく、それは襲ってくる。理不尽な陥穽。
足元を確かめるがいい。真っ暗な空間は広がっていないか。壁に手を当ててみるがいい。吸い込まれてしまわないか。
警戒せよ。ミステリー・ゾーンはいつだって、日常の隣に寄り添っているのだから。