会議室を埋めつくす青いサーコートは、ドルワーム王国の騎士の証である。
赤いマフラーも勇ましく、颯爽と立ち並ぶ彼らの姿はさぞ壮観だろうと思っていだのだが、それを身にまとう人々が一様に子供のような背丈なのだから、どうしても見下ろす形になる。
緑色の肌をした小柄な騎士たちをやや遠くから眺めつつ、私は部屋の末席に腰を下ろした。この城の住民たちのために作られたそのイスは非常に小さく、私はほとんど床に腰を下ろすような形になってしまった。
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ここはドワーフの国、ドルワーム。古代遺跡の眠るドワチャッカ大陸に現存する唯一の王国であり、それゆえ、古代文明を探求する学者、研究者たちの聖地でもある。
王立研究院では他国の研究者との交流も日々活発に行われており、我がヴェリナードからも調査員がたびたび訪れ、共同研究を行っているそうだ。
そんな共同研究の中から恐るべき事実が発覚し、今、ドルワーム王立騎士団とヴェリナード魔法戦士団の共同作戦が行われようとしていた。
私もまた任地であったランガーオから呼び戻され、ここに同席しているというわけである。
「そろそろ時間のようですね。では、会議を始めます」
宣言し、立ち上がったのは研究院のドゥラ院長である。彼は騎士団を率いるラミザ王子の前を無遠慮に通り過ぎると、そのまま壇上に上がり、尊大とも思える無感情な口調で本日の議題を説明し始めた。
私は王子と院長の顔を見比べながら、ふむ、と腕を組んだ。
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ドワーフたちの主城、水晶宮のつくりを大まかに述べると、この会議室が属する中央塔を挟み、北側の棟はドゥラ院長が管理する研究院、南側の棟はラミザ王子が指揮を執る騎士団の管轄となっている。
対称の位置に配属された二人の青年は、その性質も狙ったように正反対だった。
会議が始まる前のこと、私が挨拶に伺うと、ラミザ王子はこちらが恐縮するほど丁寧に一礼した。
「ヴェリナードの皆さんの協力、とても嬉しく思っています。是非お力をお貸しください」
柔和という言葉が良く似合う表情は、育ちの良さ故だろうか。王子にして騎士団長を務める彼だが、この顔には剣よりもペンの方が良く似合う。
一方のドゥラ院長は、この世の全てに戦いを挑むかのような眼差しで私を一瞥したものだ。
「ご存知のこととは思いますが、この一件は極秘事項。くれぐれも内密に願いますよ」
別段、敵意があるわけではなさそうなのだが、それこそ、古文書より戦術書が似合いそうな眼差しである。この瞳で睨みつければ、どんなに巧妙に身をひそめた敵であろうと、たちどころにその隠れ家を暴かれてしまうに違いない。
実際、この学者先生の鋭い視線は、古文書の中からでさえ、倒すべき敵を探し当ててしまったのだ。おそらく料理本を読んでも敵を見つけ出してしまうだろう。
今も、その瞳に強靭な意志力をみなぎらせながら、ドゥラの説明は続いていた。
彼が古文書より読み解いたのは、一度は倒したはずの天魔の復活。かつてドルワームを襲った恐怖の再来である。
握った掌が、じっとりと汗ばんでいくのが自分でもわかった。
天魔クァバルナには私も多少の因縁がある。私が一人前の魔法戦士として最初に参加した大規模任務が、ドルワームの天魔討伐だった。
あの時はドルワーム王立騎士団と魔法戦士団、そして雇われた冒険者たちによる合同作戦だった。私も一小隊を任されたのだが、お世辞にも華麗な戦いぶりとは言えなかった。
タイガークローの使い手を自称していた雇われの武闘家は、嘘はついていなかったのかもしれないが、残念なことに爪を宿に置き忘れてきたらしく、素手で天魔に殴り掛かっていた。私は神を呪う言葉を吐きながら自分自身にバイキルトの呪文を唱え、古の魔神へと斬りこんで行ったものだ。
全く、よく生き残れたものだ。
結局、大した役には立てなかったが、ともあれ、作戦は成功した。特に大きな戦果を挙げた冒険者たちは、ドルワームに伝わる栄光のエムブレムを授けられたのだと聞く。
一方、私はユナティ副団長から延々と説教を授けられ、自分の未熟さを噛みしめることとなった。苦い記憶である。今回は同じ轍を踏むまい、と思う。
それにしても……。
ドゥラの声に耳を傾ける王子の姿に、指導者に従う従順な兵卒のような表情を見て、私は首をかしげた。
普通、こういう場合は王子が壇上に立ち、開会を宣言し、しかる後にドゥラに説明を促すものではないだろうか?
もちろん、事態の緊急性を思えば、多少の段取りは無視しても良いのだろうが……。それでも私がいらぬ気を回してしまうのは、ドゥラという男がただの研究者ではないからだ。
青い長髪をかき分け、青年は壇上から会議室を見渡した。
王立研究院院長ドゥラ。かつて、ドルワームの王位を狙った男である。