なりきり冒険日誌~ライドオン・ドルボード

スイゼン湿原の緑と青を切り裂いて、夜霧の中に不気味な呼吸音が響き渡る。
ライドオン・ドルボード。世間より一巡り遅れて、ようやく私もこの魔導機械を手に入れた。
流れる景色が普段より少しだけ早く見える。疾走感というほどではないが、歩くより早いことは確実のようだ。
それはそれで良いのだが、この排気音にはいささか閉口した。
夜に乗ったせいもあるのだろうが、静かな湿原に怪物のうめき声のような不快な音をまき散らすドルボードは、およそロマンチックな乗り物とはいいがたい。
工業機械の無骨さを包み隠さないシルエットといい、メンメには外装や嗜好性といった方面への興味は無いようだ。

メンメ。ガタラに住むドワーフの娘だ。
古代遺跡から発掘されたドルボードを修復した魔導工学者だが、思えばこの娘も少々変わり者だった。
ドルボードの声が聞こえる、と真顔で言われた時にはどうしようかと思ったものだ。あるいは、魔導工学とはオカルトも嗜まなければ極められない学問なのだろうか。
清潔感あふれる白衣に秀でた頭脳を思わせるメガネという、いかにも学者らしい風貌と裏腹に……いや、それとも風貌通りに学者らしく、というべきなのか。彼女の感覚も世間とはかなりずれているようだった。
メンメ曰く、ドルボードの元の持ち主と私はよく似ている、とドルボードが言っているそうだ。
彼女が期待するほどにはドルボードに愛着を持っていない私だが、長い付き合いになるだろう、と予言めいたお言葉まで頂戴したしたからには、それなりに気をかけてやるべきか。
そのためにも、メンメにはこの先のドルボード改良へ向けて頑張ってもらいたいものだ。
ふと私はダオ少年のことを思い出した。
機械文明の発展により自滅した文明の皇子。彼の旅立ちは、まだ新しい記憶だ。
彼もどこかで、旅人たちの乗るドルボードを見ているだろうか。
何を思うだろうか。
歴史の底から蘇ったドルボードは、いまだ完全とは言えない。改善点はいくつもある。
速度を上げたいという要求は当然として、何よりもまず不気味な排気音。無骨すぎるデザインも改良の余地がある。
要求が発明を生み、発明が次の要求を生む。そして文明の発展は加速度を増す。それは歴史の必然である。
一つの歴史の終局を見届けた少年は、新たな歴史の中でどんな役割を演じるのだろうか。
ドルボードの呼吸音を背景音楽にして、私は取り留めもない思考と共に旅路を急ぐのだった。