青空を雲が走る。ウェナの入道雲とは違い、ドワチャッカの雲はまばらに広がり、気ままに流れていく。
ただ一つとしてとどまることなく、一つ流れて現れ、また一つ流れては消える。
私は消えていった者の姿をそこに重ね、見送るだけの青空と共に、自らの無力を思っていた。
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天魔との戦いは、予想外の出来事の連続だった。
頼りないと思っていたラミザ王子は見事に部隊を指揮してみせたし、ドゥラも王子を立てる気遣いを見せた。この点、私は彼らを見損なっていたと素直に認めるべきだろう。
だが、戦いの後で判明した事実は、その場にいるすべての者の想像を超えたものだった。
いや、あるいはマザー・ヘレナには、全てがわかっていたのかもしれない。
そして彼女がその場にいたことが一つの生贄を救い、身代わりに一つの生贄を生んだ。まるで予定調和のように美しく残酷に、母は子を守って消えていった。
溜息が風に消えていく。
災厄が迫るたび、我々はこれからも生贄をささげ続けるのだろうか? その犠牲を出さないために魔法戦士団は力を磨いているのではないのか……。
「何でも上手くいくとは限らないものね」
雲と重なるマザー・ヘレナの笑顔がそう呟いて、通り過ぎていった。
ドゥラは母を犠牲にしてしまったことを悔いるあまり、一時は死すら考えたという。彼を立ち直らせたのは幼馴染のシスター・ニニカと、彼女が携えたマザーの遺書だった。
皮肉にもその際のやりとりが、ドゥラに対するニニカたちのわだかまりを解きほぐす結果になった。聖母殿がここまで考えてのことだとしたら……だとしたら、あまりに合理的すぎるではないか。
母の遺書から自分の生きる道を教わった彼は今、再び研究院にて日々の業務に励んでいる。いつか、マザーを救う方法を見つけ出して見せるとのことだ。
思えば、自分が犠牲になればよい、と思い詰めてしまったことが、それ以上の研究を拒むことになったのかもしれない。と、ドゥラは言う。
全てを公表して各国協力の元、犠牲を出さずに解決する策を探していれば……。
もっとも、それは情報が一般に流出してパニックを呼ぶ恐れのある賭けでもあるから、ドゥラの判断を責めるわけにはいかない。彼なりの最善を尽くした結果、いくつかの偶然が合わさってこのような結末を導いたのだ。
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後日、私はモガレ修道院を訪ね、マザー・ヘレナを弔った。ニニカたちと顔を合わせるのはつらかったが、来ないわけにはいかなかった。
院内はまだ悲しみに濡れていたが、私の謝罪に対し、ニニカは何かが吹っ切れた表情で首を振った。
「これからはあたしが子供たちを守ってやらなきゃいけない。いつまでも泣いてたら、マザーの名前に泥を塗っちまうからね」
そしてドゥラにまた何かあったら、よろしく頼む、と、ぽつりとつぶやいた。
ドゥラはかつて、ドルワームの王子という空を見上げてこの修道院から旅立った。その空が暗雲に閉ざされ、打ちひしがれ、許されて野心を捨てた。
そしてその暗雲が未だ自らの周囲に漂い続けていることを知った時、彼は野心と共に自分の未来をも捨てた。
今、未来を再び取り戻した彼の見上げた空は、晴れているだろうか。
私もまた空を見上げる。
レーンを旅立った時、見上げた空は、魔法戦士という憧れの世界は、輝いて見えた。
今、私の頭上では、暗雲になかば隠れた太陽が、雲間からちらりと顔をのぞかせた。
それだけだ。
晴れるともなく、晴れぬともなく。一つの戦いが終わり、旅は続いていく。
私はドル・パンサーの背にまたがりモガレ修道院を後にした。