
水豊かなワルド水源から東へ半日も歩くと、景色は劇的に変わる。緑と青の高原が茶一色の枯れた岩肌に姿を変えていき、やがてそれは乾いた砂の海へと変身する。レンダーシア北東部を覆う巨大なアルハリ砂漠は、一瞬たりともしかめっ面を崩さずに、今日も旅人たちを迎え入れる。
行けども行けども熱砂の世界。砂漠の行進に旅人たちが音を上げそうになった頃、彼らの前に現れるのは一粒の宝石だ。
宝石の名はアラハギーロ。グランゼドーラと並ぶレンダーシアの大国である。

さぞ、にぎやかな街だろうと期待しつつ、アーチをくぐった我々だが、砂ほこりと共に街を覆うのは沈んだ陰鬱な空気だった。
宝石は鉛のように鈍く輝き、物憂げな表情の住民たちに私は首を傾げた。
かつて、紫色の空の元でアラハギーロを訪れた際には、誰もが国王を称賛する非現実的な楽園に違和感を感じたものだが、ここは楽園には程遠い。代わりに生々しい現実感が肌で感じられた。
どうも、宝石は偽造品の方が簡単に輝くものらしい。
気を取り直して、我々は人々の話を集め始めた。「見ない顔だが、この街は初めてかい?」と、酒場の常連らしい客に言われて私は思わず苦笑した。
初めてではない、のだが、初めてでもある。どう答えるのが正解なのだろうな? 私はニャルベルトと顔を見合わせて肩をすくめた。
一方、リルリラは慣れたもので、
「初めてだから、この国のこと、色々知りたいな~」
いけしゃあしゃあと言ってのけるのである。これでも彼女は高徳の聖職者、らしい。
そうして集まった噂話の中で、まず最初に興味をひかれたのは、ピラミッドのことだ。

あれが古代アラハギーロ王家の墓地であると知った時の衝撃は筆舌に尽くしがたいものがある。
思い浮かべたのは、あの犬のファラオ像。
狼王なる古代王の話も聞いたが、まさか本当の意味で狼だったのではないだろうな? 同じイヌ科で辻褄は合うが……。
胸元に光るアヌビス神のブローチにちらりと同意を求めてみる。黄金は語らず、ただ光るのみ。
……まだ見ぬムーニス王の顔が毛皮に覆われていないことを祈るばかりである。
興味深い話はそれだけではなかった。アラハギーロ王国の成り立ちと、ピラミッドの関わり。そして……
「王家の秘宝が眠ってるなんて話もあるけど、まあおとぎ話だよな」
と、男は言う。
では我々はおとぎの国からやってきた、というわけか。
空を仰ぎ、青空と紫色の夜霧を交互に思い浮かべる。
作り話。作られた舞台。
……私の知るピラミッドは、幻想の産物なのか?
私の中で疑問が渦を巻き、その渦は創生の名を冠したあの毒々しい魔瘴の渦と重なっていく。
レンダーシアの謎は、深まるばかりだ。
「ま、戦争がさっさと終わってくれなきゃ、そのピラミッドも閉鎖されたまんまだろうけどな」
男は酒を喉に流し込みながら、そう呟いた。
空は青くとも、争いは起きるものだ。
私の知る戦争は、奇妙な結末を迎えたのだが、ここではその結末まで、まだ辿り着いていないようである。
そうすると、まるで私の知る偽りの宝石が、未来を映し出す鏡であるかのように思えてくる。
一方、五大陸に轟いた勇者覚醒の光は、我々にとって過去のものだった。
未来、過去、それとも幻想。
これはますますわからなくなってきたぞ……。
「の、割には楽しそうだニャ」
ニャルベルトがニヤニヤと笑う。私も苦笑を返した。
謎は謎だから面白いのだ。旅を楽しんで、何が悪いことがあるだろう。
レンダーシア探索はヴェリナードから授けられた魔法戦士団員としての任務だが、同時に私は一人の旅人でもある。
探求の風がヒレをなでるたび、少年時代の冒険心をくすぐられ、私の胸は歓喜に打ち震えるのである。