レンダーシアの青々とした夜景に月が淡く輝くのは趣深いものだ。ちりばめられた星が慎ましげに光るのには心が癒される。
だが、その微光をかき消さんばかりに神々しく放たれた輝きは地上……いや地中より沸き出でて天まで届くかのような、荒々しいとさえ思える光の奔流だった。
セレドットの山岳風景に文字通り異彩を放つのは、セレドの街を取り巻く光の河。旅人にとっては、どんな灯台よりも確かな道しるべである。
この輝きの本質が果たして何であるのか、ドルワームやツスクルの学者たちでさえ、はっきりとはわかっていないらしい。

光る山に向かって進路を取りつつ、私は一つの疑問が氷解していくのを感じた。
かつてセレドの街を訪れた時、この街は光の河の加護を受けた街である、という意味の立札を見たことがある。
だが、町のどこにも光の河は見当たらず、おそらく私の目の届かない場所にでも隠されているのだろう、とその時は自分を無理矢理納得させたものだが……その予想はある意味では、正解だったわけだ。
当時の私の目の届かない場所、今、私の目の前に広がるセレドの街は、谷間から溢れる、まばゆいほどの光に照らされていた。
だが……

「ニャんか、暗い街だニャあ」
猫魔道のニャルベルトが首をかしげる。
彼の言う通りだった。神々しい輝きとは対照的に、光の映し出す人々の顔には暗い影が浮かんでいた。
どうやらこの街もまた、トラブルを抱え込んでいるようだ。
事情を聞いてみると、いくつかのことが分かった。
どうやら、私が知るセレドとは逆のことが起きた、ようなものらしい。
ここにいる人々が、あちらにはいない。あちらにいる者たちは、ここにはもう、いない。
私は腕を組み、軽く唸った。
勇者の盟友たちと道行きをともにしたかつての戦いの際、紫色の霧の下に広がるレンダーシアがどういう存在なのか、一応の説明は受けたが、私はそれに納得したわけではない。
ゆえに各地を巡りながら、その謎にメスを入れようと考えているのだが……
これまで知った情報を元に推測してみても、過去のようにも未来のようにも見えるし、やはりただの作り物とも思える。そして今知ったことを考えれば、まるで常世の国ではないか。
腕組みのまま、私は神殿へと向かう。
とりあえずは目の前の目的を達成するとしよう。待ちに待った技術解放の儀式だ。

ダーマ神殿は街と同じく光の河に包まれ、力強い輝きを放っていた。
だが、無人の静謐に包まれた霧の下の神殿に比べれば、この輝きも、祈る神官たちの存在もやや騒々しく、不気味なまでの神聖さはまったく失われてしまったようである。
今、神官たちが最も関心を寄せていることといえば、大神官殿の後継者論争である。その次に、技術解放を目当てにやってくる冒険者たちへの対応。
神の教えは、そのまた次ぐらいだろうか。
外様の優秀な神官の抜擢と、それに対する生え抜きの神官たちの反感……実に生々しい。
人の集まるところ、社会が生まれ、権力が生まれ、争いが生まれる。ありがたい神の教えも、人をこの宿業から解き放つには至らなかったようだ。
「生きるっていうのは、綺麗ごとじゃないのよね~」
他人事のようにリルリラはうんうん、と頷く。これでもやはり彼女は高徳の聖職者、らしい。
もっとも、今の私にはそんな後継者争いも関係のないことだ。
技術解放の儀式を求め、スキルマスターと称される青年の元へと急ぐ。
周囲を見渡せば、足早な旅人たちがこぞって同じ道を歩んでいた。
それは期待と不安の入り混じった、宝箱を開ける前の冒険者の顔だった。
おそらく、私の顔にも同じ表情が浮かんでいることだろう。
果たして、魔法戦士にどんな変化が訪れるのか。
ごくりとつばを飲み込み、私は扉を開いた。