象人の振り回す武器が次々と私を襲う。私は辛くも防ぎながら、なんとか機を窺っていた。
腕前では決して劣らない筈だった。だが腕の数ではいささか劣っていた。6本の腕からなる連撃に対してはただでさえ分が悪いというのに、剣を持つ腕がやけに重かった。
「しぶといですね」
一瞬、連撃が止まる。だが、魔物が大きく息を吸い込むのを見て、それが好機でないことはすぐにわかった。
象人が激しい雄たけびを上げる直前、身を投げ出すように相手の背後に滑り込む。辛うじて音の弾丸を躱すことができたのは、これまでの経験が活きたためである。同じような攻撃をする敵と何度も戦ってきたのだ。
「おやおや、必死ですな」
その身を異形に変えてもなお、嘲笑うような声は変わっていなかった。
意識が朦朧とする。躱したつもりが、躱しきれなかったのか? やけに息が苦しかった。
「あんな連中のために懸命に戦うとは、私には理解できませんな」
「あんな連中だと?」
異形の黒影が6本腕を一つにまとめ、一斉に振り落した。盾がまとめて受け止める。が、その重量が私を押し潰そうとしていた。
歯を食いしばる。
押し寄せる象人の膂力に、サダクの姿が眼前まで迫っていた。
「貴方も見たでしょう。自分の子を悪霊だと思い込み、祈りを捧げる愚かな人間の姿を」
「貴様がそのように仕向けておいて!」
身をひねり、力をそらす。6つの武器が床に吸い込まれていった。
さらに身をひるがえして舞うように剣を躍らせた。が、やはり躰が重い。分厚い皮膚に阻まれる。
チイ、と舌打ちし、一旦距離をとる。何かがおかしい
「本当に愛していれば、何を言われても揺るがないものです。所詮、彼らは我が子のことすらわかっていない。愛してもいない」
象人もまたゆっくりと武器を構え直した。
「我が身が一番可愛いから、私の言葉を信じたのですよ」
フッ、と私は皮肉な笑みを顔に浮かべた。
「愛だと? 見かけによらずロマンチックな言葉を使う奴だが」
地を蹴り、一気に距離を詰める、と、見せかけて、私は全く別の方向へ駆け出した。
香炉と燭台の置かれた台に駆け寄ると、息を止めて蹴り倒す。炎と共に、香木が零れ落ちた。
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「似合わない台詞を吐くから、注意を引き付けようとしたのがばれてしまったな!」
狡猾にも、彼奴はいつの間にか、新たな香を大量にくべていたのだ。躰が言うことを聞かないのはこれが原因だった。悠長な会話は気をそらすためというわけだ
床へ落ちた炎が真下から私を照らし出す。そしてまた象人の影も炎にあおられ、天井まで高く伸びていく
「なかなか目ざとい。ですが嘘は一言も言いませんよ。彼らに愛を口にする権利がありますか?」
影が私を見下ろし、居丈高に見下ろしていた。零れた香からそっと離れつつ、私は剣を握り直した。少しずつ、感覚が戻ってくる
「情愛があればこそ恐れも後悔も抱く。迷いも生じる」
回り込みつつ距離を詰め、今度こそ一気に間合いを詰める。
「その弱みを利用しておいて、嘲笑うか!」
逆袈裟に切り上げた剣が6本腕をかいくぐり、長い鼻をえぐった。と、同時に飛びのく。一瞬遅れて、左右の連撃が空を切った。
「真実を述べたまでです。人は愚かだ、と」
人ならざる血を顔面からたらしつつ、まだ象人は笑みを消さなかった。血の匂いが香の残り香と混ざり、魔性の笑みとなる。
「愛だ絆だと声高に叫んでも人の本性など醜いもの。親子でさえ分かり合うなど夢のまた夢。あなた方の大好きな絆ごっこも、いずれはそうして終わっていくのですよ」
6本腕を振り上げ、魔物は猪突した
「そんな連中のために我々が日陰に追いやられるなど我慢ならんこと!」
六つの武器が次々と迫る。致命の威力を持つ暴風を見切り、受け流す。
「人にはッ! 己の愚かさを分かる知恵がある」
四つ、五つ……悪意の連撃に目を見据える。
「覚悟があるからやっている。私の動揺を誘ったつもりなら、目の付け所は褒めてやるが!」
六つ! 連撃が途切れた瞬間を、私は見逃さなかった。
「遅い!」
身を沈め、懐に潜り込む。奴の目には、私が消えたように見えたはずだ。
獲物を狙う隼のように、続けざまに四つ! 聖王の剣が魔物の四肢を切り裂いた。手応え有り。
……が、次の瞬間、私は衝撃と共に弾き飛ばされていた。
闇が嘲笑う。私の剣は確かに四肢を切り裂いた。だが奴の腕は六つ。
「詰めが甘いな、魔法戦士!」
態勢を崩した私の頭上に凄まじい圧力が迫っていた。
「ナムサン!」
膝立ちのまま突き出した盾が凶刃を受け止めたのは、半ば偶然だった。
じりじりと押しつぶされる。汗が額を伝う。異形の顔に勝利の笑みが浮かぶ。
その時、一陣の風が吹き抜けた。