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夕焼けが夜空に変わろうとするひととき、太陽の残り香と月光の双方に彩られ、空は不思議な輝きを見せる。
砂粒をばらまいたような星々が赤い輝きの中に浮かび、天空にほど近い祭壇を静かな、そして酷薄な表情で見守っているようだった。
天近くに祭壇を設けよ。さすれば大地と海は精霊の恵みで満たされよう……
石碑に刻まれた言葉が今は空しい。
滅びた都市の残骸が、ミニチュアのように小さく、私の眼下に広がっていた。
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ここ、リンジャの塔はレンダーシア内海の南部に広がるリンジャハル遺跡の中央部であり、またその象徴でもある。
セレドでの事件の黒幕らしき人物をここで目撃したという証言を頼りにここまでやってきた我々だったが、結論から言えば、捜査は空振りだった。
企てが失敗に終わった以上、敵がいつまでも同じ場所に留まっているはずもないのだ。
もっとも、そのことは大した失望ではなかった。
以前、もう一つのリンジャの塔を探索した際もそうだったが、遺跡の探索というのはそれだけで胸が躍るものである。今はなき海洋都市の石畳を踏みしめるたびに遠い時代の人々に思いを馳せる。一体どんな人々がこの道を行き来していたのだろうか。ウォーク・ライク・ジャハリアン。気分はすっかりジャハル人のつもりで私は遺跡を歩いていた。
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過ぎた時代を思わせる遺物はあちこちから見つかったが、とりわけ、塔の一室から見つかった大量の蔵書は私の好奇心を大いに喜ばせた。王立調査団のキンナーやネーモンにこのことを話したなら、さぞ羨ましがることだろう。本来、学術調査は彼らの管轄だが、彼らが安全にレンダーシアに渡ってくるには、まだまだ我々魔法戦士団による先行探索が必要だ。よってまだ見ぬ古代文明の書庫も、今日は私が独占してしまえるというわけである。
己自身に刻まれた知識を披露したくてうずうずしていた書物たちは、ようやく訪れた来訪者に愛想の良い笑いを振りまいて、次々に私の知らない事実を語ってくれた。
彼らによれば、リンジャハル遺跡は約5000年前の遺跡であり、レンダーシア内海を利用した交易で財を成した商人たちの一大拠点だったとのことだ。
以前、もう一つのリンジャハルを探索した際に私が予想したことは、当たっていたらしい。
塔の手すりから海を臨む。潮騒と海鳥の声だけがどこまでも続く。リンジャハルが海の都市なら我々ウェディも海の民。この海に覇を唱える商人達の船が高らかに帆を掲げる様を思い浮かべつつ、今は無人の海をしばし、眺めていた。
リンジャハルの繁栄は私が思っていた以上のものらしく、少々誇大妄想の気がありそうな誰かの残した書物は、地下水をくみ上げ、気候を自在に操る魔法装置について高らかに謳っていた。
地下水といえば、メルサンディの地下にあった謎の水路を思い出す。ジャハル文明の勢力は、あの地域にまで及んでいたのだろうか?
リャナの海岸沿いに並んだ古い灯台も、同じくジャハルの名残を感じさせるものである。と、すればリンジャハルの版図は西にメルサンディ、東にリャナまで広がり、鏡面湖を境にアラハギーロの文化圏と区切られる形になるだろうか。
もちろん、ただの空想ではある、が、その空想を楽しむのが冒険の醍醐味だ。学術的真実の探求などは、学者に任せればよろしい。
空想ついでにもう一つ。
リンジャハルは海洋商人たちの、セレド地方における拠点となった集落が発展して形成された、と書物は語っている。
と、いうことはリンジャハルとセレドットを合わせてセレド地方と呼ぶ、ということになりそうだ。
確かにリンジャハルからセレドットを見上げれば、ダーマ付近の光の河の輝きが見えるほど両者の距離は近い。
そしてリンジャハルの形成より先にセレド地方という名前が先に出てきたということは、セレドはリンジャハルより古い歴史を持つことにならないだろうか。もちろん、後の時代になって「現代におけるセレド地方」という意味で書かれた可能性も大いにあるが……
そのセレドはダーマ神殿に向かう巡礼者のための宿場町として形成されたというのだから、先の説が正しいとしたら、古さではダーマ、セレド、リンジャハルの順になる。
三者のうち、最も年若いリンジャハルが最大の勢力となり、そして最初に滅びることになったのだとしたら、正に栄枯盛衰、夢の如しである。
「我々は永遠の安寧を手に入れたのだ!」
得意げにそう語ったリンジャハルの未来は、あまりに残酷だった。
荒れ果てた遺跡群が涙ながらに訴えるのは、かつての栄光と、理不尽にもそれを奪われた絶望と悲しみ。そして全てを忘却の彼方へと押しやる時の流れの無常さである。
果たして何が彼らを滅ぼしたのか。
もう一つのリンジャに納められた日誌と合わせて、物語を想像してみるのも面白いだろう。