引き続き、リンジャの塔にて。
塔の探索と書物の解読はまだまだ続く。
書物の語る新たな事実はどれもこれも興味深く、その一つ一つを報告書に要約していくだけでもかなりの時間を要した。嬉しい悲鳴という奴だ。
ただし……。
一つ、気になることがある。
それは、遺跡群を5000年ほど前のもの、と記載した書物自身もまた、この遺跡に眠っていたことである。
リンジャハルを遺跡と呼んでいる以上、この本自体は古代文明の遺物ではありえない。もしや、遺跡を訪れた誰かが、外から本を持ちこんで遺跡の本棚に押し込んでいったのだろうか。
だとしたら非常識な話だ。遺跡はゴミ捨て場ではないのだ。
じろじろと書物を見つめる。埃まみれの本は少し照れたように無口になる。他の本に比べて装丁が妙に現代風に見えなくもない。奥付は汚れて読めなかった。
書物という奴は一見、饒舌に見えて、語りたくないことは一切語らない口の堅い連中でもある。これ以上の尋問は無駄に終わりそうだ。あとは想像で補うとしよう。
「おや、こんなところで人に合うとは」
と、その時、背後から語り掛けてきたのは、遺跡には場違いな若い女性と、彼女に付き従う一人の少年だった。
突然のことに、思わず本を取り落しそうになる。
「おっとソーリー! 私はただの通りすがりの美人学者だ。気にしないでくれたまえ」

妙な喋り方をする女だが、どうやら我々より先にこの塔を調査していた学者らしかった。一応、自己申告の通り美人学者、と呼んでおこうか。
彼女、ヒストリカ女史は五行の塔なるものについて調べているらしい。
確かにリンジャの塔を取り囲む五つの塔が見える。また、意味ありげな色とりどりの台座もある。
私も気になってはいたが、どうやら専門の学者にとっても謎は謎らしい。
「近々、大々的に調査を開始する予定なのだよ。っつーかこのままじゃ埒があかねえ!」
拳を握りしめるヒストリカの口調がまた変わった。学者には変人が多いと言うが、あながち俗説でもなさそうだ。
「五行、ねえ……」
エルフのリルリラが頬杖をついて首をかしげた。
その言葉は私もカミハルムイで少し、聞いたことがある。確か古代エルトナ、もしくはその隣国で発生した独特の思想を五行思想といったはずだ。
それがレンダーシアの塔の名に使われているのは偶然なのか、それとも、古代レンダーシアと古代エルトナの交流を示すものなのか。
最上階に並べられた蝋燭たちや鬼瓦のような木造の像など、どこかエルトナ風の雰囲気をはらんでいるのもこの塔の特徴である。

そもそも、エルフだけに伝わっているはずの古紙の製法をこの大陸の便箋屋の人間たちが自在に操っているという時点で、何かありそうなものである。
古代アラハギーロの王族がドワチャッカから機械を輸入したという話も伝わっていることだし、かつて、今以上にレンダーシアと5大陸の距離が近い時代があったのかもしれなかった。