さて……
ほぼ探索を終えた我々だったが、もう一つだけ、確認すべきことがあった
それは、この塔に魔法戦士が出没し、フィールドワークに訪れた考古学者たちを襲う、という噂である。
仮面をかぶったその辻斬りもどきを、学者たちはサイコマスターと呼んでいた。
「ひょっとするとご同輩ではないかね?」
というヒストリカ女史の棘を含んだ言葉は、被害に遭った学者たちを代表するものである。
無論、そんなはずもないのだが、魔法戦士の狼藉とあらばヴェリナード魔法戦士団としても放置しておくわけにはいかない。
毒々しい気配を放つ怪しげな扉を開け、魔物の襲撃を退けて辿り着いた塔の最上階付近に、その男はいた。
颯爽とマントをはためかせ、塔を練り歩く男の姿は、なるほど、顔を覆う二本角のフルフェイスを除けばいかにも魔法戦士らしい出で立ちだった。
彼が身に着けた、肩までを覆うタイプのマントは非売品である。デザインも悪くなく、一般販売してほしいくらいなのだが、色々と問題があって難しいらしい。
「お前がサイコマスターか」
背中から声をかけると、彼はピクリと肩を揺らして立ち止まった。
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「私はヴェリナード魔法戦士団の者だ。少し話を聞かせてもらいたい」
ゆっくりと振り返る。鉄仮面の奥に狂気の光を見た時、私は迷わず剣を抜き、後方に飛び退いた。
血のように赤い、大ぶりな剣が塔内の空を薙いだのは、その直後だった。
正面から男を見据える。魔瘴をはらんだその男の気配は、もはや人のものとも思えない。おそらくは堕落の果てに野盗となった冒険者が、さらに狂気に犯されて魔物同然にこの地をさまよい歩いているのだろう。
とても話し合いの通じる相手ではなかった。
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私は戦闘のための呪文を詠唱し始めた。と、直後、全く同じ呪文が仮面の奥から聞こえてくる。
どうやら堕落する前は本物の魔法戦士だったようだ。全く……嘆かわしい!
ほぼ同時にバイキルトの呪文を唱え終えて、私と男は剣戟を交わし始めた。徐々に前へ、前へを体を押し進める。10合も打ち合うと、互いの実力はわかるものだ。剣技では負ける相手ではない。
小細工を仕掛けてくる前に一気に決める!
敵は大きく跳びのくと、新たな呪文の詠唱を始めた。旅芸人が稀に唱えるあの呪文は、バギクロスだ。我々魔法戦士の使える呪文ではない。
奴の周囲で空気が渦を巻く。魔道に堕ちて、そんな技まで身に着けたか。
「だが、浅いな!」
私は構わずその魔術の中に飛び込んでいった。竜巻の交差を潜り抜け、懐にたどり着く。大した傷もない。中途半端に学んだ呪文など、そんなものだ。
「覚悟!」
剣に雷を集め、薙ぎ払う。一瞬遅れて、サイコマスターも剣を振るった。
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鈍い手ごたえ。私が剣を納めると同時にサイコマスターの躯が床に転がった。
そしてその直後、ス……と、奴の姿が消える。
「終わったのかね?」
物陰から見ていたヒストリカ女史がそっと顔をのぞかせた。だが私は首を振った。
一旦は退散したが、彼奴は息絶えたのではない。魔物と化した身は死ぬこともなくどこかで復活し、永遠に現世を彷徨うのだ。
どうやら根本的な解決には至らなかったようだ。
だがこの魔物がヴェリナードの関係者などと勘違いされては我が国の名誉にかかわる。
女王陛下には、公式に彼……または彼らと我々が無関係であるとの声明を発表していただくよう、進言しておくことにしよう。
こうして、リンジャの塔における一通りの探索と戦いを終えて、我々は次の目的地へと旅立った。
もっとも、近く大々的な調査を行うというヒストリカ女史の言葉が本当ならば、案外すぐに戻ってくることになるかもしれないが。
潮騒の中に漂う寂しげな海鳥の声が、子守唄のようにリンジャハルに響く。
ヒストリカの研究は闇に埋もれた真実を、永い眠りから解き放つだろうか。
遺跡は無言のままに語り続ける。今はまだ、誰にも届かない言葉を。
失われた時を探して彷徨う学者たちの旅に、幸運が訪れることを祈るとしよう。