第一陣を撃ち落した時点で勝敗は決していた。
魔物商人にとって不幸だったのは、ここが孤島レンドアだったことである。空を飛ぶ魔物はともかくとして、奴ら自身は船でこの島に乗り込んでくるしかない。
ウェディと海戦をやって勝てる種族など、私は知らない。
「船ごと沈めてやるニャー!」
ニャルベルトの火球が敵の船を海の藻屑に変える。慌てて脱出した商人たちを海中で待ち受けるのは魔法戦士団の中でも潜水に長けたものたちだ。
「おい、海にゴミを増やさんでくれよ!」
シガール市長が声を張り上げた。確かに変わり者だ。
やがて魔法戦士団が船に乗り込み、抜刀。白兵戦となった。私もその一角に加わる。揺れる足場での戦いだが、ウェディにとっては慣れた環境だ。
「一網打尽だニャー!」
ニャルベルトも乗り込む。船上では爆裂魔法から逃げる場所がない。爆炎が船を包む。
「味方を巻き込むんじゃあないぞ!」
「吾輩、そんなマヌケじゃないのニャ!」
猫が私を振り返ったその瞬間だった。
「喰らえ!」
魔物商人の投げた小瓶がニャルベルトの鼻先を打った。
「ニャッ!?」
瓶が割れ、中に入っていた粉末が飛び散る。何かの薬品だろうか? ニャルベルトはもろに浴びてしまったようだ。
粉まみれになり、毛並みの乱れたニャルベルトは、せき込みながらブルブルと顔を振った。
一方、魔物商人はその不細工な顔に勝利の笑みを浮かべていた。
「ハハッ、そいつは魔物使いと魔物の絆を断ち切る薬だ。そのネコはもうお前らの味方じゃあねえぜ!」
勝ち誇る小男。
……何を言っているんだ、あいつは。
「さあ猫野郎、あいつらに魔法をお見舞いしてやれ!」
男は我々の方を指さして宣言する。それに合わせて猫もこちらを振り向く。
ニャルベルトをよく知らない団員が数歩、後退するが、私は腰に手を当て、溜息をついた。
「ニャルベルト、好きにしていいぞ」
「メラゾーマ……ニャ」
猫の喉から、低く唸るような声が、絞り出すように放たれた。
掲げた杖の上に巨大な火球が形成され、空気が歪む。小男の哄笑が戦場に響く。
「魔物の魔力で焼かれりゃ、いくら魔法戦士団だってオシマイだ! さあやれ、猫野郎!」
「アイアイサー……ニャ!」
くるりとニャルベルトは魔物商人の側に向き直った。
「なっ!?」
男の笑いが凍り付く。
火球がゆっくりと落下する。
爆音と共に男の悲鳴が轟いた。
「あのニャー!」
ニャルベルトが叫ぶ。
「吾輩は今も昔もキャット・マンマー様の栄えある家来、ニャルベルトにゃ! そこらの魔物と一緒にするんじゃないニャ!」
「そ、そんなバカな……」
息も絶え絶えな魔物商人が驚愕の声を上げる。ほう、まだ生きていたか。
「だがその薬は危険だな。全て押収し廃棄しよう」
魔法戦士団の容赦ない尋問に、男が残った薬の在り処を吐くまで、そう時間はかからなかった。
焼き殺された方が幸せだったかもしれないが、まあ自業自得である。
薬を全て焼き払ったところで、敵の第3陣が襲来したことを物見の兵が報せてきた。もはや残りかすのようなものだろうが、最後の一働きだ。
「さあ、総仕上げと行くぞ!」
アーベルク団長が檄を飛ばす。と、その時だった。
「よくやってくれたな、若いの」
上空から声が聞こえた。
あたりが影に包まれる。空に漂うのは、一匹の巨大な魔物だった。
色とりどりの炎に身を包んだ馬……いや、幻獣と呼ぶべきだろうか。
「新手か!」
「いや、待て!」
武器を構える魔法戦士達を団長が制した。
「慌てるな。あれは味方だ」
幻獣、大麒麟の背に小さな人影があった。私もその老婆に見覚えがあった。
私がオルファのクラハ殿から魔物使いとしてのいろはを教わった際、監督役として取りまとめを行っていたベテラン魔物使い、メドウ殿だ。
「その薬だけは厄介じゃからのう。少し登場を遅らせてもらったよ」
「市長が要請した援軍とはあなたのことでしたか」
大麒麟を見上げる私に、老婆はフン、と鼻を鳴らした。
「それだけじゃあないがね。これは魔物使いの戦いなのじゃ」
それから、彼女はちらりとニャルベルトの方を見て笑った。
「ま、お前さんの相棒は少し違うようじゃがな」
「ニャ!」
猫が胸を張る。
「さて、遅くなった分、残りはワシにまかせてもらおう」
メドウ殿は大麒麟を駆り、颯爽と夜空を駆けていった。
後に残る鮮やかな炎が飛翔の軌跡を美しく彩る。
魔物商人の残党が一瞬で壊滅したのは、言うまでもない話である。