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その事件が起こった時、私はレンダーシア大陸東部、アラハギーロ王国に滞在していた。
と言っても、単なる観光でも探索任務でもなく、ムーニス王の留守を守るカブース大臣からの依頼での着任である。
アルハリ砂漠の宝石と呼ばれたアラハギーロの城塞は、今もその勇姿をとどめているものの、王と共に兵士たちの大半が消え、その実情は裸城同然であるという。
グランゼドーラも同盟国として支援を続けているが、そのグランゼドーラ自身、先の大戦トーマ王子を初めとする多くの戦力を失っている。帰還した勇者姫を中心に、戦力再生に力を尽くしている真っ最中で、とても戦力に余裕はない。
そんなわけで、海の彼方より我々魔法戦士団が寄騎として駆け付けた次第である。
目下の仕事は街の警備と治安維持程度のものだが、国交の途絶えていたレンダーシアの国々と良好な関係を作り上げるには、またとない機会。
城下に魔物が入り込んだ時には、私も張り切って腕を振るい、瞬く間に曲者を牢に放り込んだものだ。
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……後に私はこの一件で大量の始末書を書く羽目になるのだが……。
ウェディの顔は青い。私は色が薄い方だが、あの時ばかりは平均よりかなり青くなっていたに違いない。
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幸いにして、後に無事、戻られたムーニス王は寛大なお方で、国交が悪化するようなことは無かった。
豊かな髭にふさふさの眉。これがアラハギーロ王家代々の容姿だとしたらピラミッドのファラオ像は、これを模したものなのかもしれない。
ひょうきんで人の好い好々爺という雰囲気だが、自分だけが助かったことを嘆く姿には名君の気品を感じる。
疲弊しきったアラハギーロも、この王がいれば持ち直すのではないか。そう思わせてくれる人物だった。
どうやら我々魔法戦士団はめでたくお役御免となりそうだ。
王の帰還に尽力したのは、一組の勇敢な冒険者たちである。
彼らは更に、王に使える高名な魔物使いをも魔族の元より奪還することにも成功し、城下ではその名声は鰻登りだ。
冒険者たちから聞くところによると、やはりあの霧に包んれた大陸が一枚かんでいたらしい。
「彼を"あちら"から"こちら"に連れてくるのは、一苦労だったよ」
と、冒険者の一人が言う。彼の仲間たちも互いに頷き合った。
二つを繋ぐ空間の穴、その穴を自在に操る魔瘴の眷属……それらの話に興味は尽きないが……
少々疑問がある。
「船ではダメなのか?」
「は?」
冒険者たちは狐につままれたような顔になった。
「いや、ココラタからレンドアに船が出ているだろう。あれてレンドアに連れていった後、改めて船でグランゼドーラを目指せばいい話じゃあないのか?」
そう、今や二つを行き来することは誰にでもできる。まあ旅費は相応にかかるにしても、だ。
やろうと思えばアリスのアイリを御伽の国へ案内することもできるし、あのセレドのリゼロッタをルコリアの元に連れていくことだって、できるはずなのだ。
……まあ、霧の大陸の本質がわからない今、何が起こるかわからないので、そんなことはしないが。
冒険者たちは白けた表情で顔を見合わせ、胸元の首飾りに軽く手を振れた。以前、出会った冒険者も同じものを持っていた。
風の噂で聞いたところによれば、俗にブレイブストーンと呼ばれるその石は勇者姫の盟友の証であり、不思議な力を秘めているのだとか。
だが、どうも彼らはその力が便利すぎて、基本的な交通手段を失念していたらしい。
ま、それはさておき。
以前も聞いた通り、魔族によるアラハギーロ侵攻には、建国王エージスの聖なる石……すなわちピラミッドが絡んでいるという。
ムーニス王は79代目の王で、建国は約1000年前とのことだから、リンジャハルほどではないにせよ、太古の時代の話だ。
魔族の目的を知るには、古代史を辿らねばならないのかもしれない。
ちらりと脳裏に、一人の女学者……いや、自称美人学者だったか……の姿がよぎった。いずれ改めて彼女を訪問することになりそうだ。
一方、旅人たちも何かを予感したように北西の空を見上げていた。
グランゼドーラの方角である。
ヴェリナード本国からの連絡によれば、グランゼドーラの賢者ルシェンダ殿を中心に、各地に散らばった大賢者たちが慌ただしい動きを見せているとのことだ。
何か大きなことが起ころうとしているのだろうか。
このところ、妙にフォースブレイクの調子が悪いのも気になる。
新しい時代と共に、訪れるのは風か嵐か。
その時は、もう遠くない、らしい。