雑踏。声を張り上げる取引商。バザーに並んだ新商品の数々は、時代が一つ切り替わった証であり、それに群がる冒険者たちの姿はアストルティアの風物詩でもある。
明日の英雄を目指す若き旅人から、酸いも甘いもかみ分けたベテラン冒険者まで、一様に興味津々の表情で商品を覗き込む。ガートラントのバザー前はさながら冒険者の見本市と化していた。
もちろん、我々魔法戦士にとっても、他人事ではない。少なからぬ期待と共にバザーを訪れた私は今、一振りの刀を前に長考の構えに入っていた。
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新しい時代の風は、比較的緩やかであった、というのが世間一般の評だ。
唯一、嵐が吹き荒れているとすれば、他ならぬ魔法戦士の界隈だろうか。
フォースブレイクの余りの強さに恐れをなした魔瘴の者共は魔物たちを必死で強化し、ブレイクを無効化しようと企てた。
これを察知した我々魔法戦士団もアーベルク団長、ユナティ副団長を中心にフォースブレイクの改良に取り組んだ。結果、辛うじて効力自体は維持することができたが、残念ながら持続時間が半減することは防げなかった。
フォースブレイクが世に出てわずか二廻りほど。まさにあっという間の出来事だった。
効果を半減して時間を維持した方がまだマシだった、との声もあるが、私としてはむしろ効果が維持できたことに胸をなでおろしている。
長時間、高火力を維持できる戦士やバトルマスターにとってはともかく、シャイニングボウと超はやぶさ斬り以外にこれといった技を持たない魔法戦士にとっては、短い時間に火力を集中させた方が効率的なのだ。
戦士たちの援護を第一に考える献身的なタイプの魔法戦士にとってはかなりの痛手だろうが、魔法戦士自身が攻撃の一翼を担う姿を目標とする私にとっては、辛うじて許容範囲内というわけである。……ま、我儘なのは自覚している。
そしてその意味で、フォースブレイクの弱体化以上に私を悩ませているのが、旧態依然とした片手剣の現状だった。
これまでに編み出された数々の剣技もいささか時代遅れとなりつつあり、エルトナの刀匠が考案したという名刀・斬鉄丸は、なるほど鉄をも切り裂く名刀のようだが、惜しいことに片手剣の未来を切り開くには少々切れ味が足りなかったらしい。
果たして大枚をはたいてまで購入すべきかどうか。
バザーの前で悶々と悩み続ける私に、猫魔道のニャルベルトは欠伸を噛み殺していた。
「先に弓の方、買ったらどうニャ?」
と、猫が指さしたのは、鋭くしなった鮮やかな緑色の弓、アンフィスバエナである。
二つの特殊効果を持ち、威力もなかなかのもの。私が愛用しているのは二世代ほど前の聖王の弓だから、こちらは購入するだけの意味がある品物と言えた。
「だがな、ニャルベルト。だからこそ迷うのだ」
「ニャ?」
ここで高級な弓を買ってしまえば、ますます剣を使う場面が限られてしまうだろう。
私はあくまで剣を主武器として、弓と杖「も」使える魔法戦士を目指したいのだ!
「めんどくさいニャお前……」
「わかってたけどね」
エルフのリルリラは、欠伸を噛み殺そうともしなかった。
結局、斬鉄丸は次の時代までの繋ぎとして安価なものを購入し……安価といっても何十万単位になるのがこのランクの武器である……アンフィスバエナは、それよりさらに安いものを一つ購入した。
あくまで、弓に剣以上の金をかけるわけにはいかないのである!
「本当にめんどくさいニャお前……」
「わかりきってたけどね」
一人と一匹の呆れたコメントを背に受けつつ、私は取引商から品物を受け取った。
斬鉄丸、アンフィスバエナ、そしてもう一つ。
私はニヤリと笑みを浮かべた。
「何ニャ? その本は」
バザーを去る私の手に、一冊の書物が握られていた。表紙には小柄な竜の姿が描かれ、決して厚くはないが、私の掌には、ずっしりと確かな感触が伝わってくる。
それは魔物使いたちが書き残したドラゴンキッズの書。
念願のあのモンスターを、ついに仲間にすることができるのだ。
「さて、どうするかな」
ガートラントの大通りを、穏やかな風が抜けていった。
やや曇った空に、太陽が見え隠れする。
新しい時代が、こうして幕を開けた。