
耳元には、しぶきを上げて流れ落ちる滝の音と風に乗って聞こえてくる鳥のさえずり。浸した素足に絡みつく湯の感触が心地よい。
「極楽だニャ~」
ニャルベルトもご満悦だ。
流れる滝の絶景を楽しみながら湯を楽しむ。ここはモンセロ温泉峡。冒険者たちの癒しのスポットである。
もっとも、ここにたどり着くまでの苦労を考えれば、あまり癒しとも言えないのが現実ではあるが……

ともあれ、私はゆっくりと湯を楽しみながら、ここ数日に経験したいくつもの戦いを思い返していた。
新時代の風は緩やかとはいえ、それなりの変化はあるものだ。
最初にそれを味わわせてくれたのは、一枚の招待状だった。
_____________
「拝啓、冒険者の皆様。
このたび、ジャンク屋ロンダルキアでは新しいサービスを開始いたしました。
ご友人をお誘いの上、是非ご来店ください」
コンシェルジュから受け取ったカードの裏に、そんなメッセージが刻まれていた。
達筆である。この筆使いはバズズに違いない。少なくともアトラスには無理だろう。
冒険者たちに長いこと親しまれてきたジャンク屋ロンダルキアも最近では下火となりつつあり、彼らとしても焦りがあったのだろう。
喫茶店からジャンク屋として新装開店した彼らにとって、二度目の大改装というわけだ。
招待状は抽選でしか手に入らないため、運頼みとなるのだが、くじ運の悪い私が珍しく一つ当て、さらに豊穣の月メンバー、ほむ殿も二つ当て、早くも三匹全てに挑むことになった。

戦いは激しいものとなったが、初めて彼らと挑んだ頃の緊張感を思い出すことができ、どこか懐かしさを覚える一幕だった。
業師として多彩な戦法に磨きをかけるバズズ、単純に力を増加させたアトラス、そして補助魔法で自分の強みをさらに引き出すベリアルと、強化にも彼らの性格がよく現れている。
一番厄介に感じたのはバズズだろうか。ベリアルも、ザラ殿が刃砕きを使える戦士でなければどうなっていたことか。
会心のフォースブレイクをあっさり無効化したアトラスも、別の意味で衝撃的な相手だった。
心地よい汗とともに、三つの戦いを終える。なかなかの充実感と言えた。
「……で、バズズよ。これは何だ?」
私は手元に残った破片をじっと見つめた。
合計六つ。砕けたアクセサリが戦闘を終えた我々の手元にある。
「運次第、という奴でしてね。ま、以前よりはマシでしょう」
さらりと言ってのける。こんなところは少しも変わっていない。
新装開店ならもう少し奮発してもいいのではないか?
「さ、次のお客さんが来るのでね。5分以内にお帰り下さい。またのお越しをお待ちしております」
紫色の腕を優雅に振り下げて一礼。まったく、慇懃無礼とはこのことだ。
ベリアルが仏頂面でそっぽを向き、アトラスは笑顔で見送る。
本当に、相変らずの彼らであった。
________________
新しい戦いと言えば、ピラミッドでも新たな霊廟が発見され、冒険者たちの間で話題になっていた。
私も「月」の仲間と共に挑んでみたのだが、その結果はことごとく惨敗。疲れもたまり始めたため、そのまま撤退となった。
どうやら、もう少し戦術を練る必要がありそうだ。
少々悔しいが、ま、今後の目標にしておこう。
________________
そして戦いを終えて「月」の仲間たちと一旦別れ、疲れを癒そうとやってきたのがここ、モンセロ温泉峡である。
だが、何故か温泉峡の番人として居直っている魔物たちと戦う羽目になり、もはや癒しどころではなかった、というのが本音のところだ。
「ま、結局は吾輩の活躍でなんとかなったんニャけどニャ~」
確かに最後は彼の魔法がものを言ったわけだが。私のギガスラッシュとフォースブレイクだって、それなりに役に立ったつもりだぞ。
「そーゆーことにしとくニャ~」
勝利の味を全身で味わうニャルベルトは、丸くなって温泉に浸っていた。そのままでは服が濡れるだろうに、まったく。
しかしあんな門番がいる上に、温泉峡に棲む魔物たちも、かなり凶暴である。
いくら秘湯といっても、これでは営業が成り立たないのではないか……?
「だから隠れスポットなんじゃない?」
と、声をかけてきたのは、奥の湯まで足を延ばしていたリルリラだ。もう上がってきたらしい。
「隠れスポットから潰れスポットにならなければいいがな」
腕を大きく伸ばしながら、温泉峡の空気を吸い込む。
今は景色を楽しむだけのモンセロが、いずれ別の発展を見せるのか、それとも秘境マニアの楽しみで終わるのか。
あの番人たちがいる限り、気軽に足を運べる場所にはなりそうにないが、のんびりと見守っていくことにしよう。