自らの身分を示したい時、人は最も明確なしるしとして、服装や装飾具でそれを示そうとする。
我々魔法戦士にとっては、ノーブルハットがそれである。
慌てて装備袋から帽子を取り出した私はふと、動きを止めた。
今の私は魔物使いとしてここに来ている。つまり、ノーブルハット着用の許可は下りていないわけであり……
特徴的な赤い羽根つき帽子を額の高さまで上げて、そこで私は金縛り状態になった。この場合、どうするべきか?
……そんな私の滑稽な姿に、姫君はたまらず吹き出してしまったようだ。
玉を転がすような……と、表現するには少々庶民的な、少女らしいあどけない笑い声だった。
「ごめんなさい、あんまりおかしくて……」
よほどツボに入ったのか、まだ笑いが止まらない。しばらく会話は中断された。リルリラとニャルベルトも笑いの輪に加わる。物おじしない連中である。
「そ、それで姫。貴女こそ、何故このような場所に……」
大小の竜が闊歩する辺境の大地。姫君には似つかわしくない舞台である。……いや、むしろ勇者にはふさわしい、というべきか?
「失礼しました、ミラージュさん。順を追って説明しましょう」
コホン、と咳払いし、ようやく笑いの収まった勇者姫が、事情を話し始めた。
魔族との戦いに備え、グランゼドーラで各種の準備を整えている彼女の耳に、ドラゴン族のモンスターが群生する辺境地帯……つまり、ここである……の噂が届いた。
もし凶悪な邪竜の類であれば、国民にとって大きな脅威。
だが、魔族の動きがわからない今、表立って軍を動かすことも勇者姫が出陣することもはばかられた。
そこで彼女は大胆にも、少数の護衛と共に、隠密でこの地に赴いたというわけである。
見れば、遠くから彼女を見守る冒険者らしい一団の姿がある。彼らもいわゆる、勇者の盟友たちだろうか。
「けれど、どうやら取り越し苦労だったようね。かえって私たちが彼らを怖がらせてしまったみたい」
勇者姫は苦笑する。
確かにここのドラゴンたちは大人しい。刺激しなければ害をなすことも無いだろう。
「ごめんなさいね。すぐ帰るから」
と、いつの間にか足元に忍び寄っていたドラゴンキッズをあやすように囁き、屈みこんで、頭をなでる。
するとどうだろう。
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なんと、ドラゴンキッズが嬉しそうに頬を摺り寄せていくではないか。
「あら、この子たち可愛い」
勇者姫が仔竜を抱き上げる。その脇にもう一匹。
……私が何度スカウトしても近寄ろうともしなかったドラゴンキッズが、一撫でで二匹も懐いただと……?
「人徳だねえ」
「人徳だニャ」
エルフと猫がしきりにうなずく。どういう意味だそれは。
傷心の私をよそに、仔竜と姫は楽しげに戯れるのだった。