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「ところで姫様、この子たちの名前は?」
「そうねえ」
姫君は首をかしげた。
名前か…。私もドラゴンキッズを仲間にすると決めた時、何通りも名前を考えた。
結局、コドランに勝る名前は見つからなかったが…
「二人いるんだから、対になるような名前がいいわよね」
頬杖をついて思案顔。口元のホクロが思慮深い表情に色を添える。
果たして、勇者姫のネーミングセンスやいかに。
「太陽と月…グランゼドーラのドラゴン…」
ポンと、手を打つと、王女は顔を上げた。
「決めたわ! この子はグランゼドーラを守る太陽の竜、ソーラ・グラン・ゼ・ドラゴーン3世!」
……?
「そしてこっちの子は月の竜、ルナル・グラン・ゼ・ドラゴーン3世よ!」
……長い! そして何故3世? 王侯貴族のセンスというのは、たまに我々の理解を超えているものだが…
ひょっとしたら彼女にも、もっと長い本名があるのかもしれない。故事に倣うならアンルシャーナ・エル・シ・グランゼドーラとか…
「あら、長すぎるとダメかしら?」
いや、ダメではないが登録所で受け付けてくれないだろう。権限を利用してゴリ押しするなら別だが。
「まあ、決まりがあるのね。うぅん……」
またも思案顔のルシア姫。
こうしてドタバタ劇を演じている時の彼女は、どこにでもいる普通の少女のようである。思えば、こんな年若い少女が世界の運命を背負わされているわけだ。
彼女が城を抜け出してきたのは、本当に竜討伐のためだけだろうか? たまには友人達と城を出て息抜きをしたい……そんな気持ちがなかったと言えるだろうか?
もしこの邪推が当たっているなら、あまりリラを叱るのも良くなさそうだ。まさか、彼女がそこまで見抜いて馴れ馴れしい口をきいたとも思わないが……
「では、本名はさっきのまま、登録名はソーラドーラとルナルドーラで!」
「よろしくね、ルナちゃん」
早速リルリラが片方の竜を抱き上げる。どうも、私は太陽側を担当することになりそうだ。
まだ勇者姫に抱かれたままの頭に手を伸ばす。ソーラドーラは奇妙なものを見る目つきで私を見上げていた。一体何を考えていることやら。
「よ、よろしく頼むぞ、ソーラドーラ」
ふむ……ソーラドーラでもまだ長い。ソラとでも呼ぶか。
掌が頭に触れると、思ったよりつるりとした鱗の感触に一瞬驚き、その内側で脈打つ律動の強さに二度驚く。小さな体に似合わぬ力強い生命のリズムだ。
私は姫から仔竜を受け取り、抱きかかえる。いや、抱きかかえようとした。
「お、おいこら、暴れるな」
どうも、彼女から離れたくないらしく、抱き寄せる私の手から逃れようとジタバタもがく。早速私の腕にひっかき傷ができる。やれやれ、前途多難だ。
勇者姫はその光景にクスリと笑みをこぼした。
「ねえ、ミラージュさん。勇者の物語ってご存じかしら」
「物語?」
私はソラを抱き上げつつ、勇者姫に向き直る。姫は瞳を閉じ、夢見るように語った。
「勇者が窮地に立たされた時、盟友達が竜の背に乗って助けに来る……そのシーンが私、一番のお気に入りなの」
顔を上げる。瞳にきらりと、星が揺れたようだった。
「ミラージュさんやリラが、大人になったこの子たちと助けに来てくれたら、きっと頼もしいでしょうね」
グルルン、グルルン。ソラとルナが嬉しそうに鳴き声をあげる。彼女の言葉が分かるのだろうか。
「残念ながら、姫。ドラゴンの寿命は長いと聞きます。我々が現役の間には、この子らが大人になることは無いでしょう」
「まあ…」
夢も希望もない私の台詞に、少女は口を尖らせる。
そしてややあって、悪戯っぽく笑うと、
「では、次の世代に期待しましょうか」
と、言った。
私はじっと、その瞳を見つめ返した。
次の世代。
何か、途方もない言葉を聞いたような気がした。
魔族との戦いもますます激しくなるであろう現在、それは辿り着くことができるかどうかすら不確かな未来だ。
だが混沌とした今の世を救うのが彼女に課せられた使命なら、勇者姫が夢を見られる場所は、その先の時代にしかないのかもしれない。そう、今を乗り越えた場所にしか。
「この子たちをよろしくお願いします、リラ、ミラージュさん」
勇者姫が片手を伸ばす。リラがそこに自分の手を重ねる。
躊躇いがちに、私も手を重ねる。
「誰か忘れてニャーか?」
飛び入りで、ニャルベルトも肉球を重ねた。
「あら」
勇者姫は笑った。
辺境の地に、四つの笑い声がこだました。
ソラとルナは、その光景に首を傾げながら、ぼんやりと顔を見合わせていた。
果たしてこの二匹が勇者と共に、伝説に名を残す日が来るのかどうか。
それは、神のみぞ知る物語である。