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飛沫が空を舞う。ミルクのように真っ白な滝が水路へ向けて注ぎ込む光景は、なかなかに見ごたえのあるものだった。
水溢れるリャナの風土を色濃く反映したためか、ソーラリアの文明は遺跡となった今でもなお、豊かな水が流れ続け、初夏の空気を潤す水滴は、一種のさわやかな空気を醸し出していた。
もっとも、その爽やかな空気を吸い込むべき住民たちは時の彼方。探索に訪れたよそ者だけがその恩恵にあずかっている。
人の命は流れ落ち、文明も押し流され、流れる水だけが後に残る。嗚呼、人の世の儚さよ、と詩人を気取ってみるのもいい。遺跡探索の醍醐味の一つである。
「そう思わんか、ソラ」
小さなドラゴンキッズは相変らずどこを眺めているのやら。爬虫類の表情は分かりづらい。
やがて滝の音に興味を惹かれたらしく、覗き込んでは羽をひらひらと動かしていた。
「だが、景色に見とれて油断してはいかんぞ」
と、私は腕組をして軽く諭すように語り始めた。指導者として、探索の初心者であるソラに基礎を授けてやらねばならない。
「遺跡というのは往々にして魔物の住処にもなりやすいし、侵入者を排除する仕掛けも付き物だ。遺跡自体を観察しつつ、敵にも注意を払わなければ……」
つるり。足元に妙な感覚。
レイブンブーツが瓦礫とぶつかりそうになり、咄嗟にかわそうとしたのだろうか。
レイブン装備の持つ身かわしの魔力に回避の錬金術を重ねがけしたこの靴らしい、実に俊敏で機能的な動作だった。
だが残念ながらブーツの上に乗っかったウェディの姿勢までは考慮してくれなかったらしい。
とどのつまり、足が滑った。
「~~~~~~!!!」
「ミラージュ!!」
リルリラの悲鳴が聞こえる。……いや、聞こえない。遠のいていく。高台から滑り落ちた体は遥か彼方へと落ちていった。
肉体が空を裂く音と、水の弾ける音だけが耳を支配し……
そこで一旦、私の意識と肉体の接続は切れてしまったようだ。
次に目覚めた時、一人と一匹の顔が私を覗き込んでいた。
「もう……心配かけて!」
エルフはふくれっ面で治癒の呪文を唱えた。頭上を見上げると、先ほどまで立っていた高台が見えた。眼下には、まだ流れ落ちる水。どうやら最下層まで落ちることなく、中間の層に引っかかる形で救われたようだ。リラとソラはそれを見極めて、私を追って飛び降りてきたということらしい。
「ム……面目ない」
格好をつけて説教をしていた最中だけに少々ばつが悪いが、中間層に至る道を偶然見つけたことにもなる。前向きに考えようではないか。
現に、私の目の前に黒い宝箱が、そして意味ありげな石碑が見える。足を滑らせなければ見つからなかったかもしれない収穫である。
「こういうのも探索の醍醐味だ。わかるな、ソラよ」
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ソラは白けた瞳でこちらを見つめていた。……何故こういう時だけわかりやすい感情表現を見せるのだ、お前は。
「本当、面倒臭いご主人様で困っちゃうよねえ」
頭をなでるリルリラ。ソラの喉からクゥ、と同意するような鳴き声が漏れた。
……何故そっちに懐く?
「さ、続けて調べてみようか」
二人は石碑へと駆けていった。
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どうも居心地が悪いが、ともかく探索はまだまだ続く。
石碑には遺跡探索に欠かせない、ある知識が刻まれていた。他ではお目にかかったことがない、変わった仕掛けである。これを鍵代わりとして、我々は遺跡を次々と踏破していく。
だが、順調だったのはそこまでだった。我が物顔に遺跡を歩き回る私たちはついに、厳格な警備員たちの目に留まってしまったらしい。
命なき歩哨が我々の侵入を高らかに告げ、遺跡を支える柱の一部がぐにゃりと曲り、行く手を阻む。緑色の燐光を放つ鬼火が我々の姿を照らし、中身のない甲冑が侵入者を追い立てる。彼らは全て、古代に作られた魔導兵器である。
ある時は応戦し、ある時は逃げ回り、遺跡を縦横無尽に駆け巡る。
彼らとのやり取りにより、遺跡は埃まみれになってしまったが、彼らはそれを気に留めるつもりは無いようだ。
なんとか追撃を振り切った頃には、既に日も暮れかけていた。
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遺跡をやや離れ、ほっと一息。ふと見上げると、谷間から夕焼け空が姿を現した。
黄金に染まった空と、青く輝く海。氷に覆われた山々の白と、眼下に広がる雲。
「なんとも贅沢な眺めだな」
火照った体に風が心地よい。ソラもぼんやりとした表情で、自分と同じ色の空を眺めていた。
こんなひと時が、探索の本当の醍醐味かもしれない。
やがて日が落ち、遺跡は夜のしじまに包まれた。
探索は、まだ続く。