白か黒かと人は問う。答えを求めてひた走る。
過ちの刃は常に、真実の名のもとに振り下ろされてきたというのに。
鏡に映る虚像が、己の本当の姿を描き出すなら。
白と黒の狭間で、たまには真っ赤な嘘と踊ってみるのも悪くない。
「真っ赤なのはお前の衣装ニャ。ニャにをわけのわからんことをぶつぶつ言ってるのニャ」
「つまりな、お前の話が眉唾だと言っているんだ、ニャルベルト」
気の抜けた会話が繰り広げられる、ここは港町レンドアの宿。
レンダーシアへの出航に向けて、我々はここに一晩の寝床を求めた。あまり大きくはないが、小奇麗に整った、感じの良い宿だった。
だが、猫のお気には召さなかったらしい。
「この宿は呪われてるのニャー!」
と、朝方からしきりにわめく。
枕が合わなくて眠れなかったとかそういう呪いじゃあないだろうな?
「そんなんじゃないニャ! あの鏡から変な声が聞こえてくるのニャ! きっと呪いの鏡ニャー!」
見れば、古ぼけた鏡がある。古すぎて映る影もぼやけて見えるほどだ。
猫魔道のニャルベルトが覗き込むと、同じく猫魔道の姿が鏡に映る。
「ただの鏡じゃあないか」
「違うニャー!」
やれやれだ。猫の感性はまことに独特のものである。
「とにかく吾輩、ここを調査しないと気がすまんのニャ! ここに残らせてもらうニャ」
もはやテコでも動きそうにない。ため息が朝の清潔な空気を乱す。
「なら、今日のグランゼドーラ行きは留守番になるぞ。いいんだな?」
「そっちはトカゲっ子で十分ニャ」
ニャルベルトがそう呼んだのは、ドラゴンキッズのソラである。重い瞼をうっすら上げてこちらに首を傾けた。
猫は猫背で胸を張り、精いっぱいの威厳と共に後輩に指令を出すのだった。
「いいニャ、吾輩の代理として立派に務めるのニャ」
わかったのかわからないのか。ニャルベルト先輩に言葉に首をかしげるソラだった。
「ミラージュさん、準備はよろしいですか?」
キンナー調査員が呼びかける。私は宿屋の女将にニャルベルトのための数日分の宿代を手渡すと、彼に頷きを返した。
今回のレンダーシア行きは、彼ら王立調査団の護衛という名目である。
つい先日のこと、二つの大地の謎を解き明かすため、グランゼドーラの賢者ルシェンダ殿が、ある実験を行ったという。
王立調査団がそれに興味を示し、渡航を決定。渡りに船とばかりに私も同行を願ったというわけだ。
港は宿からすぐそこだ。
「どちらへ?」
と、行き先を尋ねられる。
「グランゼドーラへ」
と、返す。
この短いやり取りは、重大な意味を持つ。
鏡写しの大地に、共に開かれた航路。
まかりなりにも二つを渡り歩いた私だ。旅の中でいくつもの謎に直面し、いくつもの疑問が頭の中を渦巻いている。
今回の訪問はその濁流を解きほぐしてくれるだろうか。
見送るニャルベルトに手を振りつつ、我々はレンダーシアへと出航する。
さて、ルシェンダ殿の手腕に期待するとしよう。