ひと騒動あって、再びフクロウのお膝元へ。賢者の学院は今日も忙しく、小さな賢者は今日もウウムと唸る。
アーニアとシェリルの対面は、やはり穏便には終わらなかった。
アーニアは堕落していくシェリルをなじり、シェリルは才に劣るアーニアの言葉を聞こうともしない。話は平行線だった。
肩を落とすアーニアの背中を見つめながら、私は彼女の発した言葉を思い出していた。
それは、自分と違って才能のあるシェリルが簡単に挫折して諦めてしまったことを強く糾弾する言葉だった。
そう「自分と違って」……
才能のない自分と違って、才能のある者は努力して当然、か。私は軽くため息をついた。
彼女は正しいだろう。が、それは持たざる者の傲慢なのだ。
弱者ゆえに強者を糾弾できるという強みを振りかざす姿に、天真爛漫なアーニアの意外な一面を見た……と、考えるのは少々意地が悪すぎるだろうか。
フクロウは何も言わず、課題の研究書と悪戦苦闘する彼女を眺めていた。
そんなある日のこと、アーニアの小さな口が、再びあの言葉を漏らした。
「お願いがあるんだけど……」
今度の依頼は、知恵をつかさどる聖獣の力試しに手を貸してほしいというものだった。
聖獣、その名を大麒麟。
懐かしい名を聞いたものだ。あの魔物使い、メドウ老の相棒と同種のモンスターである。
ただの魔物には見えなかったが、なるほど、相当いわくつきのモンスターだったらしい。さすがはメドウ殿といったところか。
彼女に頼めば引き合わせてくれる可能性はあるが、問題は力試しだ。
「力を示さないと知恵を授けてくれないんだって」
……知恵を司る聖獣の割に、力が全ての仕組みはどうかと思うのだが……。そこはやはり魔物ということなのだろうか。
……ま、それはそれとして、だ。
私は少々厳しい顔つきで彼女の方を向き直した。
シェリルにあれだけ言っておきながら、結局自分は他人を頼るというのは、いくらなんでもあんまりではないのか?
責めるような私の問いかけに、彼女はしばしうつむいていた。
「そうだよね。自分でやれって感じだよね……でも……」
そして、ややためらいがちに私を見上げると、再び手を合わせて懇願し始めた。
「でも、私はどうしても大賢者になりたいの。お願い!」
その姿を、人はどう見るだろうか。
自分の都合ばかりでものを言う他力本願の娘、と見ても間違いではない。
だが、私はこの依頼を受けた。
それは、単なる同情でも友情でもなかった。
杖を片手に、ドル・パンサーを走らせること数刻。
聖獣の棲む洞窟に、我々は辿り着いた。
力試しは、あっさりとしたものだった。
闇の力に弱いとの触れ込みだったが、雇った魔法使いたちは気にせず火攻めを敢行、これを撃沈せしめた。
もっとも、あくまで腕試しで、本気の戦いではないのだろう。少なくとも、メノウ殿がレンドアで見せた圧倒的な力を思えば、手加減も良いところである。
「よしよし、それじゃあ知恵を授けてやろうかのう」
と、厳かな雰囲気を期待していた私に肩透かしを食らわせる軽妙な口調で大麒麟は話し始めた。色々と、常識は通じない相手らしい。
だが、その口調とは裏腹に、彼がアーニアに浴びせた言葉は辛辣だった。
大麒麟曰く、アーニアには心の闇が無い。
宇宙の理、その深淵に横たわるのが闇。その闇を知らずして賢者として大成しようなど片腹痛い。
……そう言って、大麒麟は去っていった。
洞窟の闇の中から、丸く切り取られた青空を臨む。
叡智とはそういうものかもしれない。
帰り道、俯きがちで言葉も少なくなったアーニアだが、私には気がかりなことが一つあった。
心に闇がない、そう大麒麟は断言したが、果たしてそうだろうか。
大麒麟はシェリルを糾弾したアーニアを知らない。
一度断られ、それでも、と私に懇願したアーニアを知らない。
夢を追うことは綺麗ごとではない。現実の壁にぶち当たった時、それでも死にもの狂いで前に進まなければ夢はかなわない。
行儀よく諦めてしまうものに、開かれる扉は無いのだ。
みっともなく他人を頼ってでも夢にしがみつこうとするアーニアの姿に、私は弱者ゆえの闇を見た。闇ゆえの力を見た。だから、手を貸したのだ。
ある意味では、彼女には才能があった。
シェリルとは正反対の才能が、確かにあるように思えた。
とある伝説……いや、伝説の先駆けとなった神話的冒険譚に、こう語られている。
愚者こそがもっとも賢者に近い存在である、と。
再び、ドルワーム。
物言わぬフクロウがアーニアと向き合う。
闇を見通す瞳で、静かに彼女を見つめていた。
さて、森の賢者は何を見たのか……。彼女の物語は、まだ、続きそうである。