学問というのはパスタに似ている。
グルグルと複雑に絡み合い、その一本一本を解きほぐすことは難しい。
仮に解きほぐしたとしても、一本だけを食べても意味が無い。具と麺とソースを絡ませて、さらにそれをフォークに絡みつけて口に運んで初めて料理として完成する。
そして食べるだけなら簡単でも、作り上げるには相応の工夫と知識、そして投資が必要だ。
塩味の利いたパスタの中にほんのり苦味が顔を出すのは何故だろう。バザーで投げ売りさているマナパスタの原価を思うと、有難い反面、泣けてくる思いである。
ドルワーム王立研究院の食堂にて。昼食のパスタを口に運びながら、私はぼんやりとそんなことを考えていた。
学院に顔を出すようになってから、私も魔術について細かい原理を学ぶことになったのだが、はっきり言って、苦戦している。
魔法使いや賢者として、一流には程遠いもののある程度の実戦をこなしている私だが、実技と理論はまるで別物なのだ。
誰だってカメラのボタンを押せば写真を撮ることはできる。が、カメラ一台を作るための理論を何人がマスターしているだろうか?
普段、何気なく使っていた呪文の原理を理詰めで解説されるたびに、初歩的な呪文ひとつ使うのにあれこれ気を揉むようになってしまった。思考の迷い道、学問の城の迷路に閉じ込められて、出口を求めて彷徨う虜囚。城壁はぶ厚く高く硬く、近道はどこにも見当たらず、そして鍵は複雑な仕掛けに守られていた。
そういう現状なので、最近は私も課題に追われ、アーニアの相手をしている暇がなかった。何しろ、ヴェリナードから留学生としてわざわざやってきて落第ということにでもなれば、私一人の恥っかきでは済まなくなる。学費免除のツケは軽くないのだ。
「大変そうだね~」
と、声をかけてきたのは研究員のルルティマ。謎の半球体にまつわる調査で関わった女性だが、あの研究はまだ続いているようだ。
「もう一つぐらいサンプルがあると嬉しいんだけどな~」
チラチラとわざとらしい視線をこちらに向けてくるのだが、私も暇ではない。
……いや、わかっていてからかっているな?
「あはは、あんまり根を詰めるとかえって毒だよ。自分の速度でやらないとね」
何やら貫禄を感じる台詞だ。そういえば、この学院では彼女の方が先輩にあたる。
ここはルルティマ先輩のありがたい言葉にうなずいておこう。
「ところでアーニアちゃん、最近、凄いらしいね」
と、ルルティマは話題を変えた。ホウ、と私は目を見開く。
聖獣大麒麟にはっきりと素質を否定された彼女なのだが……。
「呪文の実技課題、バリバリこなしてるらしいわよ。何かあったのかな?」
それがただの噂でないことは、翌日の実技試験で私も知ることになった。
名前を呼ばれたアーニアは、妙に自信に満ち溢れた顔つきで進み出ると、いつもと同じように呪文を唱え始めた。
私の知っているアーニアなら、ここで魔力をまとめきれずに拡散させてしまうのが、今の彼女は見事にそれを操って見せた。
格段の進歩と言える。
驚く私に、彼女は片目をつぶって見せた。
「私、闇の心を取り戻したのよ。だからもう大丈夫」
……いや、天真爛漫な笑顔のまま闇の心を語ってほしくないのだが……。それにしても、一体どうしたことか?
ティーザ学長は複雑な表情で修練を見守っていた。
どうも、裏がありそうだ。少し、首を突っ込んでみるとしよう。
もちろん、自分の課題に影響がない範囲で、の話だが。