「名前に"ぢ"と"が"のつくプクリポ女性とすれ違ってください」
コンシェルジュは平然とそう言って私に小箱を手渡した。
箱は手のひらに収まるほど小さかったが、ずっしりと重みを感じるのは何故だろう。
「……"ガンヂー"とか?」
ザラターン殿が連絡石ごしに呟いた。
新時代の始まりにしては、随分と重い任務を背負わされたものだ。
かなりひきつった笑顔を浮かべつつ、私は宿を後にした。
宿を出ると、むわっとした熱気が顔面に吹き付ける。うだるような暑さ。
常夏のウェナとはよく言ったものだが、ここ数日は記録的な猛暑に見舞われている。
いくらヴェリナードが水の都とはいえ、急にやる気を出した太陽の前では、恵みの水もぬるま湯に変わるというものだ。しびれを切らした若者たちはこぞって海水浴に出かけたが、おそらく今ごろ、監視員の笛に追い返されているころだろう。
そんな炎天下に、何が悲しくてか、激しい鍛錬に勤しむ一団がある。
何を隠そう、我々魔法戦士団である。
「小技と思うな! 体重移動を意識して剣を振るえ!」
ユナティ副団長の叱咤する声は凛としたものだったが、さすがにその額は汗まみれだった。無理もない、この猛暑にノーブルコートを着込んでいるのだから。
アーベルク団長や私を初めとする実働部隊も同じだ。本音を言えば、こんな時ぐらいは薄着になりたいのだが、仮にも魔法戦士団の公式合同訓練。暑いから、で脱ぐわけにはいかないのである。
衛士たちはそんな我々を、呆れ顔で見守っていた。ええい、お前たちには分かるまい!
本日の課題は、はやぶさ斬り。それも、実戦に耐えうる威力を求めて改良された新時代のはやぶさ斬りである。
激しい鍛錬で腕は棒のようになっていたが、誰も剣を手放そうとはしない。
ノーブルコートと並んで剣もまた魔法戦士団の象徴だから、ではなく、アイスフォースをかけた剣が今の我々には命綱だからである。
熱風を切り裂いて剣閃がうなる。超はやぶさ斬りの技術をフィードバックさせた新時代のはやぶさ斬りは、連撃に体重を乗せて敵を切り裂く。これに比べれば、従来のはやぶさ斬りがいかに剣先の素早さばかりを重視していたかが分かる。
やがて一時休憩の合図が入り、団員が一斉に汗をぬぐう。ヤシの木陰に涼を求めると、海からの風が申し訳程度に体を癒してくれた。
かなりの改良に成功したはやぶさ斬りだが、この技は我々魔法戦士にとっては、決して主戦力ではない。
どちらかといえば、行動の隙間を埋めるための技。補助の呪文を唱える必要がなく、かつ超はやぶさ斬りもシャイニングボウも使えないという空白期間を埋める技である。
故に、我々の戦いに実戦レベルでどの程度影響するのか、まだ未知数の部分が多い。むしろ同時に改良された超はやぶさ斬りの方が影響があるのかもしれない。
とりあえず、実戦で色々と試してみるしかないだろう。
ふと、視線を感じて振り向くと、小柄で恰幅の良い男の姿が視界に入った。
小太りの顔に汗と温和な笑みを浮かべたその男はメルー公。我が国を実務面で取り仕切る一人であり、そして……。
……剣を振るう団員の姿に、満足げに頷く公の表情を見て、この改良の仕掛け人が誰なのか、見当がついた気がした。
ラーディス流剣術。その一部は既に公開されたが、未だ謎に包まれた部分が多い。
いつか、全てを学べる日が来るだろうか。そんな日が来るのを、期待したいものだ。
新しい時代が訪れたばかりだというのに、早くも次の時代に胸をふくらます自分に気づき、私は苦笑を漏らした。
副団長の声が響き、休憩時間が終わる。
片手剣が魔法戦士のスタンダートとなる日を夢見て、さて、またひと踏ん張り、である。