ヴェリナードの街を貝のように包む白亜の宮殿は別名を水の宮殿とも言う。
至る所に張られた水の流れが、見る者の目を潤す。
その水を震わす凛とした声を響かすのは、魔法戦士団副団長、ユナティ殿である。
その日の話は、いわゆる裏方の業務に関する者だった。
「……と、いうわけで、物資の管理運営について、新しい運用法が必要となった」
ヴェリナード魔法戦士団といえば、華々しい戦果と華麗な衣装に包まれた誉れ高き実戦部隊、ということになっている。
事実、ヴェリナードの花形部隊ではあるのだが、だからといって地味な仕事をおろそかにしているわけではない。むしろ、ほとんどの仕事は地味で目立たない作業の繰り返しなのである。
その一つが、補給。
戦場でも魔法力の補給が魔法戦士にとっては任務の一つだが、その魔法戦士団自体も物資の補給無くしては活動できない。補給部隊は文字通り生命線を担っているのである。
だが物資の管理は各部隊によってそれぞれ手法が違う。請け負う任務や担当する地方によって重視すべき物資は異なるのだし、当然、そうした物資を管理するのに適した形に管理法も最適化されていく。
「現場としてはそれでよいのだが、全体を見渡す場合、管理しづらいという意見が出てな」
と、副団長は解説する。ま、どこの世界でも現場と管理者には温度差があるものだろう。
「画一的な運用方法を作り上げる必要がある。補給部隊では、そのための人材を募っているそうだ」
随分とご苦労なことである。というのも、現場というのは得てして変化を好まないものだ。どんな運用法であれ、導入すれば最初に返ってくる言葉は「前の方がやりやすかった」だろう。
そんな報われない作業を担当する者はとんだ貧乏くじである。
「と、いうわけでミラージュ、頼むぞ」
冷徹に、副団長は言った。
一瞬、耳を疑ったが、彼女の声はよく通ることで有名だ。続けて副団長の美声が容赦なく追い打ちをかける。
「以前、補給部隊を手伝ったことがあるだろう。その経験を買われてのことだ」
確かに魔法戦士になりたての頃、雑用程度に補給の手伝いをしたことがある。だが、そんな経験が何になるというのか?
こじつけもいいところではないか……。
そんな私の非難じみた視線を感じ取ってか、副団長は肩をすくめてこう言った。
「……向こうも人手不足らしくてな。少しでも経験がある者を回すしかないのだ。諦めろ」
華麗なる魔法戦士団といっても、現場はこんなものである。
かくして、補給には素人に等しい私が、新しい物資運用法の草稿作成に加わることとなった。
状況が散々なものだったことは言うまでもない。
何しろ、周囲は補給のプロフェッショナル。私だけが素人同然。まず、話が通じない。すっかり参ってしまった。
彼らにしても、経験者を回してもらう筈だったのに、やってきたのがこれでは、期待外れだろう。あちらはあちらで泣きたい気分に違いない。
とはいえ、泣いてばかりもいられない。
道に転がる小石の全てに躓いては起き上がり、また転び、なんとか誤魔化しつつ、支えられつつ作業を進めていたわけだが……
どうも気疲れと疲労が祟ったらしい。
疲れて荒んだ心の隙間に、冷たい風が入り込んだというわけだ。
「病は気からって、本当だニャー」
ニャルベルトがからかうように鳴いた。その声がまたずきずきと頭に響く。
脳だって体の一部。心と体は繋がっていて当然だ。
「ま、気楽にやることだニャ」
まとめると、そういうことになる。
それから数日、熱は下がり、なんとか平常運転といったところだが、まだ補給部隊の仕事は半ば。ここからが正念場だ。
しばらくは、気軽に冒険に出るというわけにもいかないだろう。
どうやら海は、諦めた方がよさそうだ。
手元にあったカードのいくつかが、不満げにしなびている。期限切れだ。こちらも諦めざるを得ない。
「我慢の夏だニャー」
ニャルベルトが笑った。
残ったカードの一枚が、緑色の魚鱗を誇らしげに輝かせた。
せめてこのカードの期限までには、状況を変えておきたいものである。