酒場からは仲間を募る旅人たちの声。壁際には、美味しい話を売り込む男と、彼の前に一列に並んだ冒険者。
メギストリスの町はずれ、街道にほど近い広場は今日も人ごみであふれている。
町はずれでありながら、冒険者にとってはこの広場こそが町の中心。この地を初めて訪れた旅人は、入り口の賑わいにまず目を見張り、奥に進むにつれて少なくなる人影に、またも目を見張るのである。
多くの冒険者がこの地を拠点として利用している。かく言う私もその一人。
だが、今日はこの広場に背を向けて、街を歩いてみようと思う。
昨今では街の各地にゲートと呼ばれる便利な装置が設置され、広場から主要施設へ、一瞬にして転移することもできる。が、歩く。散歩に利便性はいらない。あくせくするのはデスクワークの間だけで十分だ。
久しぶりの休暇、本国ヴェリナードを遠く離れ、仕事を忘れてのんびりと過ごす。休日とは良いものだ。程よく忙しい中、たまに挟まる場合はなおのこと良い。毎日が休日だったら、それはそれで地獄だろう。
そんな愚にもつかないことを考えつつ、広場から北へと足を向ける。やや勾配のきつい階段を上ると、そこからは一直線に王宮への道が続いている。太陽を背に輝くピンク色の城壁が目にまぶしい。ピンクはメギストリスの基調色である。
振り返れば、小高い丘の上に咲く大輪のメギストリス宮殿から町はずれの広場まで、長い長い坂が続いている。
メギストリスは花の都だが、一歩間違えば坂の都となっていただろう。
小柄なプクリポたちの短い脚が一歩、段を踏み外したなら、コロコロと街の外までも転がっていくに違いない。
かつてこの地がパルカラスの名で呼ばれていた頃から長い歴史を持つこの都だが、この立地を考えると、敵を迎え撃つための山城として作られたのが始まりではないかと思う。
それが少しも無骨さを感じさせないのは、やはり芸を好み興を愛するプクリポたちの気性によるものだろうか。
山を囲む段々の土地に各種の施設が並ぶ。
坂の合間に円を描く華やかなブリッジがそれらを繋ぎ、段差を流れ落ちる噴水の水が、険しいはずの坂道を彩り豊かな空間に変えていく。
ちょっとしたテーマパークを思わせるつくりが、いかにもプクランド風である。
今でもこの傾斜を制してメギストリス城に攻め上るのは一苦労だろうが、それ以上に、ファンシーな空間を蹂躙して突き進む心労の方が勝るに違いない。文化は石垣、美は防壁、可愛いは正義と俗にいう。
さて、王宮から広場まで、メギストリスを南北に貫く坂道をメインストリートと呼ぶなら、それを取り囲む環状の街路は、裏通りということになるだろうか。
いやいや、さにあらず。と、通りに並んだ立て看板が主張する。
宮殿へと続く階段の手前で左に曲がると、そこは堂々たる商店街だ。
外壁沿いには大陸間鉄道の駅が立ち、内側にはゴールド銀行が窓口を開く。そしてその先には取引商が声を張り上げる旅人バザーが並ぶ、
本来ならば、ここがメギストリスの花形となるべき場所だったのだろう。
だが悲しいかな、町はずれの広場に人を奪われ、このあたりに吹く風は少々さびしい。
同じく表通りから外れた東地区がファッションの聖地として独特の盛り上がりを見せるのに対し、これといったアピールポイントがないためだろうか。銀行や預り所には一定の客が入っているようだが、どうにも華やかさに欠けるという印象だ。
もっとも、人込みを避けるにはちょうどいいともいう。私はこの通りが嫌いではない。階段を下り、ぶらりと歩いてみる。散歩に目的地はいらないのだ。
そんな慎ましやかな商店街に、連なって建てられた三軒の建物がある。
よく見れば屋根裏まで含めて三階建て、しかも駅前一等地というなかなかの物件なのだが、商店街がこの状況では、店子もなかなか集まらなかったらしい。
そこに目を付けた職人連合がこの三軒の一階部分をまとめて借り上げ、素材屋と職人のための施設として階層したのが現在のこの場所である。
そういえば、職人たちの名鑑を作る、というちょっとした目標を立てたばかり。散歩ついでだ。手始めにここを取材してみるのもいいだろう。