職人施設を後にする。
この街の代表的な職人は先ほどの二名といったところのようだが、もう一人、職人ではないが、それに近い人物としてサロン・フェリシアの美容師にも話を聞いてみようという気になった。
中央のブリッジを挟んで東区へ。ファッションの聖地、メギストリスのアーケード街が見えてきた。
一時は私もドレスアップ目当てに通い詰めたものだが、最近は物価高もあって、装備を気軽に買い替えるという状況ではない。自然、この場所にも足が遠のくことになる。最後に来たのは、退魔の衣をドレスアップした時だっただろうか。
今回はそんなドレスアップ屋に背を向けて、向かい側にあるサロン・フェリシアの扉を開く。
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今更紹介するまでもないが、サロン・フェリシアはアストルティア全土に支店を持つ美容院。レンダーシアにも支店があるというのだから、いち美容院にしてスケールだけなら商人組合に匹敵するというわけだ。
各店舗はその国の特色を生かした装飾がされているようで、ここメギストリス本店では上品な調度品に混ざって猫耳飾りのついた鏡など、プクランドらしいチャーミングなアクセントが添えられていたのが特徴的だった。
そんな本店を任された美容師プラティナ氏は普段通りの優雅な立ち居振る舞いと見事なハサミ捌きで来店客を出迎えていたが、私の取材に対しては、少々渋い顔つきだった。
「できればここじゃなく、支店の方を見てもらいたいのよね~」
と、彼女は言う。
なんでも、メギストリスの本店が有名すぎて、各地にある支店の客が確保できていないらしいのだ。
なるほど、そういえば「月」の仲間たちも、アラハギーロにサロン・フェリシアの支店があることに気づかなかった、と言っていた。
ファッションと言えばメギストリス。そのイメージが広まりすぎたための弊害だろうか。ブランド戦略も難しいものである。
「ところで、貴方もイメチェンしてみない? 今ならこの髪型がオススメよ」
プラティナが示したのは髪型番号10番。俗にいうアフロヘアー。
「とっても似合うと思うわよ」
……ノーコメント。
アートな人々のこじらせたセンスに巻き込まれて火傷するのは真っ平御免である。
おかしな流れにならないうちに、私は足早にサロン・フェリシアを立ち去った。
だが……。
フム、と頷く。
なかなか良いアイディアではある。
無論、髪型ではなく支店の取材のことだ。
サロン・フェリシア支店めぐり。なかなか良い企画を頂いた。
職人への取材を並行して、暇があるときにでも、やってみるとしよう。
アーケード街を抜けると涼しげな噴水の音が夏の空気を和らげる。
左手を見上げれば丘の上の宮殿が太陽の隣にきらめき、坂下には小さな教会が見える。このあたりは通路であると同時に公園のようなスペースとなっているようで、近所の子供たちが走り回っている。
旅人には無用の憩いの広場という奴だが、世の中には遊びが必要だ。
足を止めて風に耳を澄ます。チャペルの鐘の音が丘の下から宮殿へと駆け上がっていく。
メギストリスの休日。
何もない一日が、そんな風に過ぎていった。