異国情緒、というのだろうか。
天井に覆われた無骨な石畳の地面に、エキゾチックな柄の絨毯が敷かれ、淡い照明と滑らかにたわんだ飾り布が、仄暗くも華やかな、独特の雰囲気を演出する。
ここはアラハギーロ。人呼んでアルハリ砂漠の宝石。
これまでも何度か訪れたこの街だが、未だにこの空気には圧倒されるものを感じる。そこかしこに置かれた香炉が、妖しく揺らめく香りを放つ。異国という言葉を絵に描いたような景色が続いているのである。
……もっとも、それはウェディの私が思うこと。ここに住む人間たちにとっては日常の景色なのだから、あまり異国異国ともてはやすのも違うのだろうが……。
時計に目をやる。予定の時間までは、まだ少し間があった。暇つぶしに街を歩きつつ、私はキョロキョロと辺りを見回していた。
このところ、街に着くたびに職人の姿を探してしまうのは、最近始めた、職人たちへの取材が楽しくなってきた証拠だろう。
だが、残念ながら職人らしき人影は見当たらない。
この街のみならず、レンダーシアには職人の数が極端に少ないように思える。職人用の設備も見当たらない。
どうやら職人組合の影響力は、この大陸までは届いていないらしい。
そんな中、威風堂々たる店構えを見せるのがサロン・フェリシア・アラハギーロ店。
マダム・フェリシアの影響力恐るべしといったところだろうか。
もっとも、メインストリートから外れた暗い路地裏では客の入りもイマイチのようで、美容師マルジャン氏はカウンターで暇を持て余している様子だった。
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実を言うとこの店については……正確に言えば、"アラハギーロの美容院"については……ちょっとした疑問がある。
霧に覆われた暗い砂漠に輝く、虚ろな宝石。私の知るもう一つの砂漠の宝石に、同じくサロン・フェリシアは存在した。
店構えは瓜二つ。店員は違うようだが、さて、彼女はマダム・フェリシアの弟子なのだろうか? それとも……。
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なんともご丁寧なことに、本店で新しいヘアカラーサービスが始まると、あちらでも同じサービスが始まる。まったく、最近のイミテーションはよくできている。素人目にはどちらが本物の宝石だか、わかったものではない。
……さて、全く見分けがつかないならば、果たしてそれを偽物と呼べるだろうか……?
天才にして奇才、奇跡の女流詩人ヒロック・タニャーマも、こう歌っているではないか。
「そっくりだけど違う。違うけど平気。何故、何故平気なの? そっくりだから」
と……。
一方、そうはさせじと二つの違いを主張する店もある。それが便箋屋だ。
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霧の下では人間の姿が、青空の元ではエルフのシロタエ嬢が私を迎える。
そして動かぬ事実が一つ。
便箋の製法を伝えているのは、エルフの一族のみ。
シロタエ嬢は無言のうちに己の正当性しているかのようだった。
人間たちの大陸で、奇しくも異邦人のはずのエルフが揺らめく境界に待ったをかけるとは、なんとも興味深い話だ。
胸の内で呟きつつ、私は大通りをあとにした。
さて、私がこの街を訪れたのは……残念ながら、というべきだろうか……観光のためではない。
ユナティ副団長の指令の元、我々魔法戦士団にとって不倶戴天の大敵、魔物商人たちの足跡を追って、海を越えてウェナ諸島から、はるばるレンダーシアまでやってきたのだ。
団員の掴んだ情報によれば、この地に、魔物を使役する盗賊団が出没しているのだという。
一昔前ならば、まさしく魔物商人の仕業、と断言していたところだが、最近では事情が違う。
魔物使いたちが一般にその技術を公開して、もうかなりの時間がたつ。ましてアラハギーロは魔物使いの本場だ。中には道を踏み外す者もいるだろう。
そういうわけで、無駄足の可能性も多分にあったのだが、だからといって指をくわえてみているわけにもいかない。
あるいは、上層部には、アラハギーロを騒がす盗賊団を退治することでヴェリナードとの友好関係を強調するというもう一つの思惑もあるのかもしれない。ま、私のごとき下っ端には手の届かない世界の話である。
砂漠の無駄足、砂地獄に足を取られて哀れ土の中……等ということにならぬよう、せいぜい気をつけるとしよう。