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アラハギーロに月が昇る。アルハリアン・ナイトとでも呼ぼうか。そよぐ風がオアシスの水面を揺らし、屋外に設けられた飲食店のテーブルまで届く。酒場と料理店だけが天井の無い野外に儲けられているのは、ひとえにこの夜空を楽しみながら食事するためではないか、と私は思っている。
果汁の溢れるアルハリ産オレンジでのどを潤し、締めのデザートとして取り出すのは、ドルワームからこっそりと持ち込んだ銘菓、砂漠の月。
アルハリ砂漠の月を見上げて、ドワチャッカの月を喉に放り込む。なんとも贅沢な甘みが口の中に広がっていった。
いい気分で町を出ることができそうだ。そう、もうじき出発だ。
こんな時間だが魔法戦士団に時刻は関係ない。賊の蠢く時が出発の時間だ。
街で仕入れた情報によれば、もう敵は動き始めているはずである。
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アラハギーロで盗賊団の調査を担当しているのは、ダラシュという名の若い兵士だった。
もっとも、彼に限らずこの国の兵士の多くは若い。件の戦争の傷跡だ。
それだけに彼ら残された兵士も、さぞ苦労していることだろうと、私も同情的な視線で接していたのだが、それは少々早急な判断だったらしい。
件の盗賊団について尋ねると、なぜか気楽な口調で彼はこう答えた。
「ああ、それなら盗賊団っていうか、砂漠の土竜っていう盗掘団ですね。あいつら神出鬼没なうえ、魔物まで使うせいで、全然、捕まらないんですよね~」
妙に能天気な返答。何だろうか、この違和感。白けた空気が渇いた空気に混ざり始める。
「あ、調査するなら勝手にやってください。話は通しておきますんで」
……この男、やる気があるのだろうか? 砂漠にまかれた水のように、同情は乾いて消えていった。
犯罪捜査の現場にこういう男しか残っていないのだとしたら、戦争がこの国に残した傷の深さは、想像以上のものと言わざるを得ない。
溜息と共に手続きと必要な情報だけを引き出して、その場を後にする。ダラシュは手を振って見送ってくれた。
とりあえず、オーディス王子のための人物録に載せる必要は無さそうな男である。
……だが、これが始まりに過ぎないことを、この時の私はまだ知る由もなかった。