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足元に砂の海、頭上には天の河。遠く地の果てには光の河が夜を照らす。
水のない海と河の間に魚一匹。冷たい風がヒレを叩き、私はコートの襟を整えた。
岩場から飛び降り、目指すは黄金の三角錐。件の盗掘団、砂漠の土竜が狙っているというピラミッドに向けて、私はドル・パンサーを走らせていた。
夜の砂漠を赤いたてがみが駆け抜ける。よくも砂に足元られず、器用に走るものだと感心し、次の瞬間、このパンサーが幻影に過ぎないことを思い出して苦笑する。
風の噂によればアラハギーロ風の絨毯をモデルにした新型フォルムが試験運用の段階に入ったという。いつか、そんな絨毯に乗ってこの砂漠を飛んでみたいものである。
辿り着いた巨大墳墓、ピラミッドの威容は冒険者にとっては見慣れたものだが、ここは私の知るピラミッドとは似て非なる場所である。
私はここで、いくつもの驚きと遭遇することになった。
見慣れた光景が、実はパズルのピースに過ぎなかったこと。バラバラになる前のパズルを見て、初めてピースがピースであることを知る。その体験は貴重な驚きをもたらしてくれた。
だが、そこは深く語るまい。アラハギーロの秘事でもあろう。
代わりに、もう一つの、こちらはあまり貴重とは呼びたくない驚きについて、ここに記しておくことにする。
ピラミッドにたどり着いた我々一行は盗掘団の情報を得るため、警備兵のジェルマ氏に面会した。
相手も名うての盗掘団。簡単に尻尾は掴めまい、と、身構えていたのだが……
「ああ、奴らなら先ほど、ピラミッドの中へ侵入していったぞ」
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唖然とする以外、私に何ができただろう。
夜の砂漠を冷たい風が吹き抜けていった。
この男、何のためにここに突っ立っているのか。
アラハギーロの兵士はこんなのばかりなのか……?
「目印になる塗料を投げつけておいたから、追いかければすぐに見つかると思うぞ」
「そ、そうか……」
なのになぜ君は直立不動なのだジェルマよ。
「いや、中は持ち場じゃないんで」
おや……中にも警備兵が?
「もちろん」
なるほど、中と外できちんと分担しているなら納得のいく話ではある。
「彼らが内部の警備兵です」
紹介に預かった警備兵の皆様は、なるほど、とても勇ましい出で立ちだった。
体中に負った傷を包帯で覆い、なおも戦うその姿は見ていて痛ましいほどだったが、彼らは微塵の疑問も抱かず任務を遂行する。無駄口も叩かず、弱音も吐かず、理想的な兵士と言えそうだ。
敵味方を識別できないという欠点を除けば。
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「中に入ると我々まで攻撃されるから、迂闊に入れないんですよ」
闇に蠢く命なき墓守たち。ここではミイラ取りがミイラになる。文字通りの方の意味で。
……問題があるのではないか、この警備体制は。
「奴ら、大昔からここに住み着いてるもので、正直、今更どうにもできませんね」
千年王国アラハギーロ、その歴史ゆえの歪みを見たり、か……? 歴史が長すぎるのも少々考え物である。
どうやら盗掘団を追うには、かなりの流血を覚悟せねばならないようだ。
それにしても、こんな魔窟を標的にする盗掘団とは、一体どういう連中だろうか。よほどの命知らずなのか。
……あるいは、余程の力を持っているのか。
魔物商人との戦いを思い返す。砂漠の土竜が操る魔物が奴らの手によるものだとしたら、激戦は避けられないだろう。
鍔に手を当て、腰の重みを確かめる。
我、招かれざる客となりて古代王の聖域に足を踏み入れん。
……などと格好をつけてみても、迎えてくれるのは鼻をつくカビ臭い匂いと、それ以上の臭気を放つ生ける屍の群れ。
戻ったらまず、装備のクリーニングが必要だな。
頭の片隅にちらりとそんな思考がよぎった。
かくして探索行は幕を上げたのである。