ミラージュの冒険日誌

　アラハギーロの現在の兵士長はアブタル氏という。
　穏健派で知られる人物で、我々のような他国の者が自由に活動できるのも彼の人柄によるものが大きいのだと聞く。
　出国に当たり、いくつかの手続きを兼ねて氏と面会したのだが、なるほど、兵士長という役職にしては腰が低い人物だった。
　だが同時に覇気に掛けるきらいもあり、気弱げな愛想笑いを浮かべたその表情は、少々頼りない。
　ダラシュやジェルマの気の抜けた顔を思い出す。意地悪く言えば、この兵士長にしてあの兵士あり。
　かつてこの国には、ゴリウスという、それはそれは恐ろしい兵士長がいたそうな。
　兵士たちからは鬼教官と恐れられ、軍には並々ならぬ緊張感が漂っていたのだとか。
　私も以前、彼の言葉を記したらしき本を読んだことがあるのだが、スパルタを二周りは通り越した、実に行きすぎた内容だった。
　……もっとも、その本が置かれていた城の主が軍に恨みを持っていたことを考えると、本の内容を鵜呑みにして良いものかどうか、一考の余地があるが……。
　ともあれ、先の戦いで彼は帰らぬ身となり、兵士長の椅子を継いだのが穏健派のアブタル氏。
　先代からの反動というのだろうか。今の兵士たちの顔からは緊張感のかけらも感じられない。
　果たして、これを良しとすべきかどうか。
　さりげなく彼の評判を聞いてみようと、たまたま同道した兵士ヤフヤ殿に雑談を持ち掛けてみたのだが……。

「ちょっと頼りないけど、平和な時代にはこれくらいの人がぴったりなのかもな」

　と、彼が口にしたのには、さすがの私も言葉を失った。
　……ああ、ヤフヤ殿。いや、他の誰でもいい。無知な私に教えてもらいたい。
　この国はいつの間に平和になったのだ？
　王は戻り、国は活気を取り戻しつつあるとはいえ、兵士たちの大半が戻らず、魔族の侵攻もいつまた再開するかわからない。
　この状況で平和ボケができるとは、どういう神経だろうか……
　ゴリウス兵士長には、もう少し頑張ってもらった方が良かったのかもしれない。
　疲労感が全身を襲う。
　ムーニス王も苦労をされることだ。 　私はこの国の兵士たちをオーディス王子のための人物録に乗せておくことにした。
　兵士長の方針や人格が兵士たちにどのような影響を及ぼすのか、その一例として価値ある資料になると考えたからである。
　まだまだ戦いは続く。アラハギーロにも少なからず事件は起きるだろう。
　彼ら兵士たちがそれにどう対応していくのか。温厚なアブタル氏は兵士長としての器を示すことができるのか。
　密かに観察を続けることを決意しつつ、ひとまずは、筆をおくとしよう。