山を見上げる。
そびえ立つ無骨な岩山は、その名をガートラントという。
こうして改めて外側から眺めてみると、ガートラントの街は、まさに山をくりぬいて作られた街である。
地図が無ければ、ただの岩山だと思い、素通りしてしまうかもしれなかった。
私は現在、職人名鑑作成のため、各地の職人に話を聞いて回っている。
これまでの取材で、職人たちには独特の仲間意識があり、部外者が話を聞き出すのは困難ということが分かってきた。
そこで今回、駆け出しの職人を何人か雇い、同行してもらっている。
ガートラントは言わずと知れたオーグリードの大国。グレンと並ぶオーガの国だが、グレンの人々が軍事面に偏った価値観を持つのに対し、文化面を重視しているのが特徴だ。
二国の職人たちを並べて、考え方の違いを比較してみるというのも面白いだろう。

まずは私と同じ裁縫職人のリガ。彼については以前にも触れた。
裁縫仕事を「ヌイヌイ」と呼ぶ純朴な男だが、社交的な彼の場合、裁縫職人以外の者との会話をむしろ好むらしく、私が連れていた錬金術師に対して、裁縫の素晴らしさを熱心に語っていたのが印象的だった。
彼によれば裁縫こそが「男の仕事」
使う人のことを想いながら心を込めて縫う作業は充実のヒトトキ、だそうだ。
「オーガがみんな力仕事ばかり好きだと思ったら、大間違いだよ。さあ、キミも一緒にヌイヌイしよう!」
武張った印象のオーガ族にあってこういう発想が出てくるのは、やはりガートラントならでは、というべきなのだろう。
グレンでは聞けそうにない台詞だと思った。

続くは木工職人のホルムズ氏。巨大な木造の作業台にカンナ屑が舞う。
かつん、かつんとノミを打つ甲高い音が止むのを待ち、作業が一息ついたらしきところで声をかけようとしたのだが……
「ああ……木のぬくもり、木のぬくもり……」
熱にうなされたようにつぶやくホルムズ。そのいかつい顔に浮かんだ恍惚の表情に、私は半歩、後ずさりした。
「ああ、流線を描く木目の美しさ、実にたまらない……」
実に表現に困る男である。ガートラントは文化的だというが、これは少々文化的すぎるのではないだろうか。
インタビューはまたの機会にしようと思ったのだが、幸か不幸か彼は我々の存在に気づいたらしく、声をかけてきた。
連れていた木工職人が挨拶を返し、かくして取材が始まったわけだが、先ほどの独り言で語るに落ちている気がしないでもない。
「木彫りの魅力は何にも代えがたいものがあるよねえ」
しみじみと語る。まあ、確かに出来の良い木彫りの家具などは美しいものだ。
……と、相槌を打ったのが運のつき。
「だろう!? 最近は何でも金属になってるけど、やっぱり木がイチバンだね。うちの食器も全部木製なんだよ」
それから延々と、木の良さを語り続けてくれた。
適当なところで話題を切り上げ、我々は施設を後にした。
リガといい、ガートラントの男は一つのことに情熱的にこだわる傾向がありそうだ。

そんなガートラントに花一輪。
褐色の肌にピンクのロングヘア。
可愛らしさに定評のあるツボ錬金術師の衣装を身にまとう彼女の名前はジャム。
とても上品な女性で、取材にも快く応じてくれた。
「ここはツボ錬金術師のための施設ですわ。ご自由に見学なさってくださいまし」
実に優雅な、淑女らしく慎ましやかな態度である。
気になることがあるとすれば、唇の端がぷるぷると震えていることぐらいだろうか。
「あら、そちらにいらっしゃる方も錬金術師ですわね。どうぞ利用なさって……」
そこまで言ったところで、彼女魅力的な唇がけいれんを起こしたようにひくひくと震え、ついには相好を崩して吹き出しはじめた。
「ああっ、もうダメっ、こんな喋り方限界!」
どうも、かなり無理をしていたらしい。
彼女によれば、この喋り方はギルドの方針なのだそうだ。
マスター・ポーリアとはレンドアで一度会ったことがあるが、そういえば、まるでお嬢様学校のような独特の雰囲気が漂っていた。
「ギルドの上品な雰囲気って苦手なのよね~」
打って変わってざっくばらんな口調でジャム氏は肩をすくめた。
ランプ錬金のマスター・ヴェキオといい、何故こう、喋り方まで徹底するのか。
「ま、どんな態度で回しても、ルーレットの針がきまぐれなのは変わらないしね!」
ぽんぽんとツボを撫でる。
錬金は運試し。これくらい気楽に回した方がいいのかもしれない。
このように、ガートラントの職人たちは非常に個性的である。
たまには彼らと話し込んでみるのもいいだろう。ガートラントという国の、また違った一面が見えてくるかもしれない。